ギャラリー探訪
原子力災害考証館furusato
原子力災害考証館(以下、考証館)が開館したのは2022年3月12日。東京電力福島第一原発が水素爆発を起こした10年目に、いわき市の老舗旅館・古滝屋にオープンした。福島県には東日本大震災・原子力災害伝承館という県営の立派な施設があるが、考証館は完全に民営で、住民たち有志によるボランティアによって設立され、また運営されている。政府や福島県、東京電力による公式見解では尽くされない被災者や支援者の思いが凝縮された施設だ。
館長であり、古滝屋の当主でもある里見喜生さんは震災後、被災地をめぐるスタディーツアーを引率する中で、加害者である国や東電の声に比べて、被害者たちの言葉がいかに届きにくいかを痛感し、原子力災害の教訓を受けとめるためには、被害者たちの思いや言葉を表現する場が必要ではないかと感じたと言う。
「湯本温泉という観光地で、ことさら原発事故を取り上げるのは、いかがなものか。里見さん自身が風評被害になるのではないか」という言葉に悩みつつ、水俣の水俣病歴史考証館をお手本にして、開館にこぎつけた。
考証館に入室してまず目につくのは、浪江町の同じ場所を撮影した、2014年と2020年の、写真家・中筋純さんによる一連の写真作品だ。2014年には避難指示によって住民のいなくなった寂れた街並みが、避難指示が解除された後の2020年には取り壊されて一変し、あるいは更地になってしまっている。そこに歌人・三原由紀子さんの歌が添えられている。
「わが店に/売られしおもちゃの/シャベルカー/大きくなりて/わが店壊す」。三原さんの歌集には、前半に三原さんが高校生の頃、浪江町からいわき市の高校へ通っていた頃の、電車から見える海の風景や日々の営みが詠まれている。しかし、後半には一転して、雑草に襲われるプラットフォームや帰れないふるさとが痛みを伴って詠まれている。シャベルカーは原発や放射能災害の喩だろうか。忘れがたい思い出が壊されて更地になってしまう原子力災害の意味を、中筋さんの写真や三原さんの歌は伝えている。

考証館の真ん中に展示されているのは、震災時大熊町に暮らしていた木村紀夫さんによる、思いを凝結したような作品だ。木村さんは津波によって、連れ合いと父上と次女の夕凪(ゆうな)ちゃんを亡くされた。放射能汚染による入域制限のために、夕凪ちゃんの捜索は阻まれ、5年9か月後にようやく見つかった夕凪ちゃんの遺品のランドセルとマフラーが展示されている。木村さん自身がいわきの海岸から集めてきた流木が、津波と放射能災害を象徴するように組まれ、その中に遺品が、あたかも今見つかったかのように置かれている。3・11直後の捜索では、何人かが人の声のようなものを聞いたという。しかしすぐに入域は禁止され、それ以上の捜索はできないまま、時間だけが過ぎていったのだ。木村さんの思いは察するに余りある。
流木によって組まれた木村さんの作品は、そこに震災と津波、原子力災害の記憶を現出させる。12年半の歳月の中で、次第に形を変え、風化にさらされ、あるいは失われていく記憶を今ここに刻み、自らのうちに墓標を立てるように、木村さんはそこに夕凪ちゃんの遺品を置くのかもしれない。その場に直面する私たちもまた、津波の引き潮に引きずられるように、歳月の波を引き戻されて、大熊町のいまだ入域が許されない帰宅困難区域へと連れ戻され、そこに何者かの声を聞くのかもしれない。
記憶の風化にあらがうように、考証館は営まれている。語り切れない思いにこそ、耳を傾ける場であると言える。
「ここにあるのは、展示ではなく表現なのです」という里見さんの言葉が心に残る。