種なしことば      榎田 弘二


柿には柿の中に柿の種があります
林檎には芯があって種もあります
種のない種なし西瓜もあります

鯵には中骨が通っています
鯨には巨大な骨格
なまこに脊椎はありません

地球の内側には地殻があると聞いています
その下にマントルというのがあるらしい
その奥はどろどろらしいです

ぼくの頭に髪が生えてます
下は頭蓋骨です
その奥には脳があるのです

ことばに種や芯があるのでしょうか
お饅頭の餡こや餡パンの餡に当たるものがあるのでしょうか
ないのでしょうか

ことばの内側には骨があるのではないでしょうか
ことばにはきっと大きな骨組が隠されているのです
でも、もしかするとなまこ状無脊椎かもしれません

ことばの中の奥には岩盤がある筈です
ことばの奥の奥はどろどろしている筈です
ことばの奥の奥こそことばのことばではないでしょうか

とはいえことばに中や内があるでしょうか
奥があるのでしょうか
中も内も奥もないのではないでしょうか

ことばに内部はありません
ことばにたねはありません
ことばは二次元です

ことばは表面だけです
眼に見えない微細な菌や蘇苔がしかしびっしり繁茂しています
まるで中や奥があるかのように

幼児がことばを修得できるのはことばの平坦さのおかげです
ことばの難しさはことばの秘密のなさです
ことばのことばは開かれています

ぼくは脳で考えます
ことばはことばでことばです
頭髪や頭蓋骨、苔類といった上裳は本当の所いらないのですね

脳に骨格や岩盤はない苦です
脳にたねがあるとは思えません
頭蓋や毛髪を被って果実状ではありますけど
脳は海水の浸潤する棘皮類かもしれません

水の流れに反応するなまこ
脳は反応体に過ぎないのではないでしょうか

脳は自立していません
ぼくたちは自立できません
ぼくたちはただただ反応しているだけなのかもしれませんね