コンビニに人生を喰われて


妻のママさんバレー仲間のYさんが
コンビニを始めたのだ
ぼくには うらやむ気持さえあったのだが
妻のうわさ話では大変らしい
夫の退職金全部を注ぎ込んで
ささやかな店だが
来客用の駐車場が商売の命と
土地だけは広く買い取り
人件費も節約し
アルバイトを少なくし
出来るだけ店には夫婦が交代で詰める
「退職後には 二人が一緒に居ることが
逆に減ってしまった」
愚痴さえ飛び出すつつましさなのだ

Yさんは自治会の役員をご一緒したことがあるが
真面目で典型的な働き蜂的勤め人で
退職後もぶらぶらしていることが嫌なのだ
何かをしていたいとのYさんの思いに
Kコンビニ新店舗促進員の説明は魅力に溢れていた
店の商品は全部こちらで仕入れて運び込んで
陳列棚も売れ筋をきちんと調べて順序良く
きちんと本社の社員が並べます
素人さん苦手な帳簿付けも計算もこちらでやります
お宅様はレジだけ正確に打ち込んでもらえば
オンラインで本社に伝わります
開店はじめは大変でしょうから
半年間 アルバイト二人分
八時間分の手当ても当方で援助します
それだけ本社が支援して
儲けは折半で半分はお宅様のもの
「商売ってそんなに簡単にできるの!」
微笑がひとりでに浮かんでくるはどに
Kコンビ二本社新店舗勧誘員の弁舌は爽やかだった

素晴らしいと思い込んだ本社との契約が
何故かじりじりとYさんを縛り始める
夜中は一時間に二人か三人の来客では
人件費も光熱費も無駄
夜中は店を休みたいのだが
二四時間営業が契約事項
他よりも安く売りたくても定価販売を守れ
本社以外からの仕入れは禁止
何故か近所のスーパーの小売値より高い仕入れ値
折角来た客は絶対逃さない為取り寄せ
仕入れ商品がないことがないように
どの商品も陳列棚にあふれるほど仕入れるのが原則
期限切れはKコンビニの名誉の為
廃棄処分を厳守
売れ筋の弁当などは平均二割の廃棄率
廃棄商品の損失原価は店主負担
捨てるのが惜しくて
店主夫妻の食事はいつも期限切れの廃棄弁当だ

売上は
一日三十万円
年商一億を超え
人もうらやむ繁盛ぶりなのだが
店主の収入は夫婦合わせて二十万を切る
アルバイトよりも安い店主の利益
店舗建設費 駐車場の購入費
全額注ぎ込んだ退職金
もう少し頑張れば固定客も増えると
不確かな希望を胸に 店主の努力が続くが
高い仕入れ値に 薄利の利益と
廃棄処分の損失が重たくぶら下がる
足りなければ営業費として融資しますよ
コンビ二本社の配慮は確かにそつが無いが
借りた運営資金は高目の利息が付いてくる

二年も経って久しぶりに
妻から聞くYさんの噂ばなし
「商売がうまくいかず
まるで夜逃げみたいにこっそりと
自宅も店も売ってしまいはったみたい」
ぼくのうらやましさが同情に変わり
気になってYさんの自宅とコンビニを訪ねてみた
自宅は締め切られていたが
Kコンビニはちゃんと健在で繁盛している
本社からの派遣店長だろうか
三十過ぎの青年がキビキビと動き回っている
駄車場も満杯だ

今年の売り上げ高では
百貨店 スーパーを抜いて
一位を占めたコンビニ各社は
新設店舗一万六千
廃業店舗一万二千
Yさんの退職金も 自宅も呑み込んで
今日も成長を続けているのだろうか
子供もなかったYさん夫婦は
どこで 密かに暮らしているのだろうか
ひっきりなしのコンビニの人の動きを見つめながら
他人事でない怒りと悲しみが心に溜まっていく




詩集「生きてきた」     太田修 著 
               
                 出版企画 わらべ舎

 詩誌「新現代詩」でご一緒させていただいている、太田修さんの詩集「生きてきた」より。八十歳を迎えての生前葬を期しての詩集です。
 長らく労働運動、労働者の文学運動に携わってこられました。肩肘張らない人柄が、詩作品の佇まいに表れています。長く培ってきた批評精神が、詩作品に筋を通し、生活の場の記録としても魅力的です。


「…僕らはある意味では苦しいこともあったが面白い人生だったと思う、様々な出来事を経験出来た。大江健三郎の「遅れて来た青年」ではないが、第二次世界戦争、敗戦の混乱と飢餓、労働運動の高鳴りとレッドパージに代表される弾圧、再び総評による労働運動の躍進、炭労闘争、安保闘争、高度成長、バブルの崩壊、長期のデフレ、阪神・淡路大震災・東北大震災と津波・福島原発のメルトダウン、数えれば切りがない。この詩集でも様々なことに触れて詩を書いたが、その時は調べもしたが事実については改善されたものもあるが、あえて事実として掲載した。…」(あとがき)