本詩集は、一九八一年の第一詩集『光と影の地図』から二〇〇八年の第八詩集『白い三拍休止』までの作品に未刊の詩を加えて、六七編の詩と三編のエッセイから構成されている。第一詩集の発行は川原さん四十八歳の時で遅咲きの印象だが、それ以前の活動に関しては中川敏さんの解説に詳しい。「新日本文学」から独立した「現代詩」を足がかりに、新人詩人集団の「詩組織」と関わりを持ちつつ詩作を行ってきたということである。
敗戦の混乱から、東西冷戦。高度成長の破壊と建設。安保闘争、ベトナム反戦運動。変転し切迫する状況のただ中で、川原さんは労組活動を行い、また市民として地域の問題にも取り組みつつ、詩作を続けてきた。状況の中にあり、状況と切り結ぼうとする姿勢が詩作品の中にくっきりとした影を作っている。
「夜烏が鎖の渦となって/…/無気味な海鳴りに変身したとき/軍艦島は第二次世界大戦の/作戦地図に忠実な浮上を/決断した。」(穴から広場への道)「日影の消滅は 重力の追放より/決定的なラストシーンだ。/…/自分の血液も背骨も 透明にして/太陽の破片にされてしまうことだ。」(日影との別れ)ごつごつした比喩のなかに、自分自身の痛みとして、矛盾ごと状況を引き受けようとする意志が貫かれて、印象深い。
最近の詩集ではご自身の暮らし、闘病、家族のこと、思い出などが軽やかな諧謔とともに描かれて、魅力的な境地が開かれつつある。
穴から広場への道
朝空の虹は
向い合うものの隔たりと
行き交うものの乱れを測る
コンパスなのだが
いま 日本列島に
それを求めれば
ゼロ回答
歪んだ堅い仮囲いを
きな臭い文明の騒音が
いらだたしく揺さぶり
内のものを堀り崩して
外で拡がるものを
瓦礫で埋めつくす
解体埋立て作業員の
眼は忘却の水もれにかすんで
夕もやより白い
疲労から仮死へ
だらだらずり落ちる開運坂が
退屈な一本道に突きあたり
罪と罰の徒花の渦を描きながら
巨大都市の深い湖底に迫るところ
秘仏本尊の信仰を食べ
ぬくぬくと果くう烏の大群は
方向感覚をうばわれ
よどみのように旋回する
黒い鎖の環
夜烏が銀の渦となって
焼け落ちる太陽のつるべを
一息にのみほす古井戸に沈み
符丁や暗号で厚化粧し
無気味な海鳴りに変身したとき
軍艦島は第二次世界大戦の
作戦地図に忠実な浮上を
決断した。