不景気続きの中で
田島 廣子
昔は大きな土方弁当を持って
みんな元気に働きに出た
遊んでいる者は怠けものと思った
阪神淡路大震災があった頃から
日本人は急に貧乏になり病人が増え
心も頭も 何か おかしくなった
西成の診療所Aに受診の患者さん
ボタンは一つしかなく 破れた服
穴 穴から 皮膚が 肋骨が見える
点滴注射をしようと 腕を出してもらい
酒精綿で消毒しようと拭く
垢がぼろぼろ ケシゴムのように出る
皮膚は紅くなり 酒精綿はまっ黒だ
食事は一日一食
賞味期限の切れた物をもらったり
炊き出しに列を作って食べたり
咳 痰 熱が二週間以上続き
青白く痩せこけて目はうつろだ
結核も西成は日本一だ
倒産 リストラ 解雇 失業
家庭離散 離婚 自殺
子供 女性 老人 路上生活者への虐待
メール殺人 放火殺人 無差別殺人
人間淋しくて 孤独なのだ
逆切れすれば 理性を失い
何をするかわからなくなっている
やさしさ あたたかさ 思いやりが
タンポポのように 飛んでいった
人間に心やお金のゆとりがなくなった
行き倒れで三日間意識がなくなり
尿も出なくなり 透析開始の患者さん
天王寺公園のダンボールの家に
酔っぱらいの運転する車が突っ込み
全身骨折で救急車で運ばれた患者さん
〈荷物をとりにいかせてください〉
三十分前まで夫婦で話しあっていたのに
パチンコ好きな嫁さんと口論になり
夫は首をつっていた
作業衣のまま 飛び降り自殺
身体にさわると まだ あたたかい
父親が 死体を夜ひきとりに来た
単車で交通事故にあった高校生
けたたましくサイレンをならし
救急車が飛び込んできた
医者も走る
看護婦も走る
友達も走る
レントゲンをとる
心電図をとる
採血して点滴がはじまった
心臓マッサージがはじまった
瞳孔は散大し
対光反射もなくなってきた
名前を呼ぶが返事がない
すすり泣きがきこえだした
助けようと 皆 汗だくだ
呼吸 心臓が止まったとき
お年玉の袋が三つ
ポケットから落ちてきた
封を切らずに 入っていた
大切にもっていた
じいーっと がまんしていたのだ
食い盛り
遊びたいときなのに…
詩集「くらしと命」 田島廣子 著
コールサック社 発行
詩集「くらしと命」 田島廣子 著
田島さんは大阪に暮らすベテラン看護師です。過酷という言葉ではなにも言い尽くせない現実の中で、日々格闘しつつ、詩の言葉をつむいでこられました。
現実が厳しければ厳しいほど、言葉は立ちすくんでしまい、沈黙の中に落ちてしまうものですが、田島さんはその淵で立ち止まり、沈黙から言葉を救おうと務めています。
今を生きる私たちにとって、励ましとなる詩集だと思います。