詩集「岬」 武西 良和 著
コールサック社 発行
海の子
見つからない
どこにもいない
多くの子どものなかに
隠れている
多くの泳ぎのなかに
まぎれている
寄せくる波の音が
泳ぐ子どもに
つぎつぎと上塗りしていく
隣の先生が
――さっき話しかけられたが…
と言ったが見あたらない
見つけられない
行方不明
新しい飛沫(しぶき)がつぎつぎとかかり
絵の具を洗い流していく
水底に割れた瓶のかけらが光る
いなくなった
警察や消防の人たちが
桟橋から海のなかを覗き
船から海の深みを覗いている
泊まり客がヘリの音に起こされ
あちこちの部屋から顔を出し始める
しばらくして発見されたようだと
ホテルの従業員が告げた
タベは風もなく
波も静かだったのに
どうしていなくなったのか
おそらく真の死の原因は
解明されることもなく
秘密裏に沈められてしまうことだろう
たとえ静かでも波は事件の
あらゆる情報を海の彼方に引いていき
すべての証拠を葬り去るだろう
海をテーマにした詩集。第一章「子どもの海」から第二章「海沿いに」、第三章「港町」、第四章「岬」、第五章「そして沖へ」と視点を移しつつ海を巡る自らのイメージを形象化していく。
「…私は、山のなかに生まれ、育った。だから、海は憧れだった。
…だが、海に近づくにつれて海が怖くなっていく。嵐の海は怖いが、凪の海でも、その深みに得体の知れないものがいる気配がする。だから、穏やかな日でも、たいがいは海に入らず、陸地から海を見ていた。
岬は目的地であり、折り返し地点。そこから先へは行けない。」(あとがき)
最初と最後の詩です。