堀川豊平詩集「そして藍」
エリア・ポエジア叢書@
土曜美術社出版販売
そして藍
ながい歳月に 洪水が 百の谷間から 土運び
ナイルや中東の 繁栄と流血の幻 ちらつかせる
吉野川河口平野 太刀と槍 長曾我部の恐怖
垂層する悲しみと 喜びの交錯
あらゆる爽雑物の混りとけあう汗・沈黙が昇華 奇蹟生んだ
鮮烈な赤はんらんして 一転 鮮烈な青 紺の藍にかわる
汗の労働 水と蒸気の発酵くり返し 藍葉熟成の熱気
すくもが杵で 打たれ叩かれ 餅つきのように きたえられ
漢方の薬草みたいな 抗菌力生まれた
とべっぬめっの高温多湿 日本の働き着は藍染
汗を吸い カビ抑える自然の薬効
洗えば洗うほど 色 冴える不思議な 藍 祈りの結晶
淡い淡い青から濃紺まで何千段階の深い藍が
重層した成分のオーケストラ 奏でている
文明開化でドイツの染料 手間いちずの単純染め
全国に自由販売の 藍 消えて百年以上
阿波の山野の粋あつめた肥沃な土 連作で やせ 干しニシンや金
肥つぎこみ 小作人泣かせの悩みも消えた
自然と人間のサイクルが 切断され
便利 手軽 浅薄 安い 一面
ほなけんどナ 藍に勝てる染料は ないンでよ
ゆうたって 肌を守る健康染料って藍しか無いで無いで
高温多湿べったべたの日本で 雨のズプヌレや 土木工事や 嵐の
中の作業 山の人も海の人も 仕事着 下着は 藍染 みな 案
外 知らんのは漢方のように 汗や湿気でむれる肌を藍が抗菌力
で守ってくれたこと
どしても分らんのは 幕藩体制の江戸時代に 十郎兵衛が
他国からちょっと米を移入しただけでハリツケになっとる
それなのに 大阪 博多 江戸で藍玉相場取引 いまでいう株式市
場じゃ 毎日値が上ったり下ったり 自由販売おおっぴら これ
歴史の事実やけん 不思議でしょうがない
禁止しても 以前から阿波の持産で 働き着にのうてはならなんだ
けん 取引したんだろな 全国の人が要るもんを黙認せざるを得
なんだんとちがうで 阿波はすごいンでよ
けんどナ あんたやはお上のお墨付でないと信用せんだろけん
ええ返事くれんでも はなから あてにしとらんでわ
はなやかな五色・七彩からしほりこまれた藍
総ての風景にとけこみ 穏かに 強く 静かに 存在する
人間のいとなみ 生活 そして藍
日常の中にある、本来のものをつかもうとする詩、予定調和のチマチマした「芸術品」ではない詩、を感じました。「そして藍」の藍のイメージ、「霧」の水粒のイメージ。阿波踊りのリズムのように、色のイメージをしっかりとした縦糸にして、時間的・空間的にひろがり、絡みあう言葉の踊りが圧倒的です。(下前)