罪の翻訳
T 落花狼藉
Death by hanging Tojo.
Death by hanging Matsui.
Death by hanging Dohihara.
廣田 板垣 木村 武藤
ラジオから流れる甲高い声を、
一ツ、二ツ、と数えて七ツ聞いた。
雪溶けの地面のように
季節は、花びらに汚されている。
翌朝の新聞の
「東京裁判 廿五被告に断罪下る」
初号活字の大見出しの下には、
戦争首謀者七名の横顔があり
どの耳にも、レシーバーが付けられていた。
「極東国際軍事裁判」
日本ではじめて
「国際」と呼ばれたその裁判で、
日本の侵略と
日本の戦争犯罪は
どのように翻訳されて
どう、被告らの耳に届いたのだろう。
あの日
ヒロヒトの名は
裏庭の
汚れ散り敷く花びらに似て、
絞首刑からも
終身禁固刑からも、ぬけ落ちていたから−
テンノウ・ヒロヒトは
皇室の華麗な居間の
陽当たりのいい
やわらかなソファーに腰を埋めて
(アメリカ製の
通訳用レシーバーなんかつけなくて)
Death by hanging.
翻訳ぬきのナマの英語で
侵略戦争首謀者の罪名を
聞いていたのではなかったろうか?
「アアソウ アアソウ」
ひとごとみたいにうなずいて
桜はcherry
(サクラはdecoy)
でもあの日の
訳すべくもない落花狼藉は?
くにさだきみ詩集 「罪の翻訳」
1999年 視点社発行
記録、事実、証言、報道というものが詩人の内部を通り抜けることによって、再び生命を与えられたかのように語りかけてきます。その語りかけはいたずらに声高でも感情的でもありません。その語りのたたずまいは詩人の精神のありようを映すように、等身大に立っています。気負うことも、敗北感にむしばまれることもなく、記録、事実、証言、報道というものに向き合っています。詩集全体が等身大の確かさというものを表現し、伝えようとしているように思いました。 (下前)