動けない蚊


きょうも
どっぷりと雨を孕んだ空
降ろうとしながら落ちてこない

おれの腕に針を突っ込み
血をすって真っ赤に膨れ上がり
動きの取れないでいる蚊

去りやらぬ梅雨空に溜め込んだ疲労を
振り払う場所も時間もない
重くけだるいこの精神だ

朝方にかけ
窓際に釣り下がった
虫籠のクワガタのざわつき

目を開けて
鉛のような頭を
持ち上げる





詩集「UNERU」  おだ じろう 著 
               
                         石風社 刊

 前詩集の原稿締め切り間際に起こった東日本大震災と東電・福島第一原発メルトダウン。その時、おださんは、これから出版しようとしている詩集において、現に直面している事態を見過ごすことができなかったという。切実な衝動によって、詩集を編み直した。

 それから二年…
「国民が進む進路の逆走を予感させる政変、社会的活力の低迷、さらには世界の歴史認識を逆撫でするような風潮が濃くなる中で、時代がうねり、自分自身がうねるのを意識しつつ試作を続けてきた」(あとがき)

 七十歳代も僅かとなり肉体的息切れが著しいというが、精神はみずみずしい。

 この詩は一次的には自らの肉体的、精神的な疲労を語ったものだろうけれども、背後には、震災・原発事故が影を落としていると思う。蚊は被災者の生き血を吸う東電ではないか、空はそれでも原発をやめようとはしない政治状況ではないか、重くけだるい精神はそれでもなんともできない私たちの無力感ではないか。
 それでもクワガタのざわつきは何かを促すかのようだ。もう少しの言葉を…行動を…。