逆襲


網を張っても
罠を仕掛けても
無駄だった
沼や
池のほとりに
穴を掘って 棲む
一番(つが)いで


ひそかに 穴を出て
分?(けつ)期の水稲を襲い
芯まで 喰らい尽くし
姿を見せぬ

たまりかねて
トタン板を 畦に張りめぐらした奴もいる
その費用
七アールで 一万円もかかった
穴を穿って
もぐり越えてくるか
それは まだ決着がついていない


たんぼに 草枯らしの薬剤を撒いて
庭造りに来たという男は
松の枝に とまって
蝉のように
憤惑やるかたない

ヌートリヤだ

獲られるだけ 獲られて
絶滅 寸前
飼育に馴染んだ
こやつ
南米産の
可愛い けもの

アキちゃん方は
表から行くと二階建てだったが
横にまわると
崖を利用した三階建ての離れがあった
一階は地下のように
うす暗く 湿っぽく
石の長押と 石の柱でできていた

そこに
小さな けものたちがいた
水掻きのある前脚で
餌を抱えて 頬ばる仕草が
あどけなく
金網を囲んで 眼をみはった

叫びながら
おふくろが近づいてくる
日暮れても なお
葉たばこの乾燥の仕込みがすまぬ
ぼくの少年は
呻いた

気まぐれな 毛皮の好みが
変わって
厄介者に かまける暇などなかった
ゼニにならぬものは
遺棄される
ぼくらの時代だ

雌伏
幾十年
どこを
どう彷徨していたか
たくましい繁殖力で
この国の風土の 野生に帰った奴だけが
生き残った

牙をむいて


群れになって
沢から沢を 渡る
獣の気配に
眠られぬ 兎の耳になった男が
目覚めて
いる





   詩集「結いの大鍋」
              
 藤川元昭 著                             編集工房ぱぴるす 発行

 藤井元昭さんとは新現代詩でご一緒させていただいています。長く、旧国鉄に勤務され、機関車乗務員を主体とする機関車労組(後の動力車労組)で組合活動をされていました。組合活動のかたわら詩作・文学活動を続け、作品を発表されてきました。在職中の作品集として『ひとり乗務』と題した詩集があり、今回紹介する詩集『結いの大鍋』その後の作品と退職されてからの作品とで構成されています。
 題材が厳しい労働の現場から日常の暮らしの場に移ったことで、作品はおだやかになったようですが、より広くまた深い場所に詩作の根っこを下ろすことにもなったように感じられます。
 作品「逆襲」は在職中のものですが、以降の方向を感じさせる詩だと思います。