昭和35年の紙芝居
下前幸一
そやねん
そやねんけど
と、呟きながら
冬枯れた壕の地道に
たたみ切れない割り算の残余
悔いに似た
木漏れ日の夕時に
僕はいた
その断層をくぐると
バラックの空き地
パタパタいう
鶏舎のくぐもった足音
僕は昭和35年の瓦礫に蹲っていた
勝手口に七輪が煙っていた
水際で父さんは刃物を研いでいた
余所者の僕らは
村の因習を踏み破って
まだ硝煙の臭いを傍らに
肩を寄せながら
物議を醸していた
腕のない子が薄闇の窓辺にいた
竜巻のような唸りをあげながら
大きい姉さんが行ったり来たりしていた
産まれたての卵を並べて
三輪車で僕は踏みつぶした
おとなしい子やさかい
心配するこたあらしません
漢方屋のおばんが言葉をかける
昭和 平成 令和
ええねん
ええねんけど
と、呟きながら
届かない君の思いを
壊したくはないけれど
いつも失敗を重ねてしまう
木漏れ日の夕時に
僕はいた
チョンチョンが来た!
と、
西地蔵の前まで走った
昭和35年の君
紙芝居が始まっていた