あじさい
秋吉康
その人の
目に会いに行く
物言わぬ明治生まれで
病室の精子模様の天井だけを
じっとながめて暮らしてる
その人の
日の奥の騒乱に会いに行く
わたしにできることは
病院下の坂道の
あじさいの陰から
迷い出た蜥蜴の尻尾に映る
多情な六月の空のひかりを
耳元で告げることくらいだ
その人が目を閉じて
フッと笑うことがある
そのときわたしの声はわたしでなく
なつかしい日の翳を透けて
やってくるはるかな人の肉声となって
届いているのかもしれない
持っていけるのは思い出だけだと
むかしだれかに聞いたことがある
人が人を憶うことが
とても不思議に思えてくる
帰りがけ坂の途中で
いつもの猫に出会う
けものの目はしていても
じっと見つめ返すと
目をそらす素振りが優しい
目をそらせあう前の
あの一呼吸が溶けていく
あじさいの暗みを
わたしと猫がしばらく見ている
*詩誌「まーじなる」Vol.4 発行 まーじなる発行所 広島市南区宇品西3-8-21-302
*「目の奥の騒乱」という言葉が印象的です。
そこにざわめいているのは、単なる感情でも自我でもない、存在そのものの痛切さ、とでもいいうるものでしょうか。
病室に閉ざされて、日々のわずらいを離れた人だからこそ、目の奥の深部をかいま見せるのかもしれません。