アルジェ pm1時30分        下前幸一

                                          埃色の記憶の中 アルジェ pm1時30分 ホテル・クラブ 僕はすることもなく 立ち切られた影の 午後の一角にいる 軋むベッドに横たわり 見知らぬアラビアの言霊 路地裏の呼び声に耳を澄ませている 電球が黄色い光を投げかけていた 一匹のハエがせわしない羽音を立てていた 落ち着きのないハエの飛行に 思考はつねに立ち遅れている ホテル・クラブ 不安がひとつ膝を抱えていた ひとつぽつんとじゃぽねが 青天井を走る見えない思い その深みを読み取れない場所にあって ぼんやりと僕は視線を漂わせている 地中海の熱に浮かぶ思いよ 繁華街のビルディングも あてどないカスバの漆喰も 旧市街の雑踏もそこにあり 僕は一人 僕ではない場所に立っている はるか遠景を走る風と光 僕は一抹の不確かさと一致する 痕跡の薄い影 僕は遠いところから来た 雨の季節の 濡れた森林の静けさや 繁華街の雑踏に立ち尽くす 唯一点の 質量のない 否!  炎天が静止する 会話が止まる 小賢しい損得勘定や 行ったり来たりする店頭の駆け引き 古い木机に鈴なりになって 交わすカフェの世間話や 政治談義も 中空に立ち止まる 礼拝のとき モスクの拡声器から鳴り渡る コーラン読誦の詠い 僕は焼ける舗道の木陰に座り込んで 一千年の信仰に耳を澄ませている そして自ら自身にざわめく違和に 自らを分離し 自らの確心へと浮動する さあ、1DA(アン・ディナール)のカフェを飲みに 繁華な通りを横切っていこう 革命の広場では 青い瞳の少女が首を傾げながら 言う、ジャポネ? そして、ひらり恥ずかしそうに逃げ 僕の微笑みはとまどっている ありとあらゆる行き違いにうろたえて 慌ててしがみ付いてくる僕自身の僕がある 遠い島国の世間知らずの 濡れた心遣いの世間体 横目で覚える信心や 背広を着たGNPや 上目遣いで見るアメリカ 切なくも懐かしいモノトーンの僕 さあ、このカフェを飲み終えたら 僕はひとつ、ひとつ君の手を振りほどこう

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