アルジェ pm1時30分        下前幸一

                                          アルジェ pm1時30分 ホテル・クラブ 聖地カスバから 埃色の記憶へと越境する 僕はここにいない 皮脂のような習慣の中にはいない 触れれば粘りつく温みのある生活や 繰り返す日々の中にはいない そこでは信仰が競り上がることはなく 宗教が自覚へと露出することもなく 近代の装いをまとった無自覚が 和の気遣いに溶けている そこに僕はいない 言葉の通じないこの場所にいて 文字通り僕はすることがなく 途方に暮れている 僕が出会い僕がたじろいでいるのは 僕自身の未知であり 僕自身の根底にあるギャップ さあ、歳月に汚れた石畳の道をどこまでも登っていこう 濡れたカスバの迷路のような石段を行けば そこに折り畳まれた無数の寡黙な視線が 僕自身の僕を曝す 『無宗教』などと言う自らへの無知を Port Side Park 装いもなく 公園の鉄柵に凭れている 北アフリカの白い日射に焼かれて 僕は、自らの焦燥にためらっている 木立の間にのぞく地中海の青が鋭い だが、焦ることはないのだ 今は知らないというまさにそのことを 知りつつある今である 急ぐことはない Port Side Park 午後のいっときは張りついたように動かない 公園の石段に腰を下ろして、眺める僕の脇を 光景はゆっくりと自らを運ぶ 勢いよく手鼻をかんで、指先を振る黒い男よ クリーム色のチャドルに身にまとい、行く年取った女よ きみらはゆっくりと自らを運ぶ 張りついたように白く動かない 北アフリカの午後に 僕はどこまでも漂っていこう 自分が果てて途切れるところまで か細い英語や挨拶だけのアラビア語の 頼りない標を頼りに やがて果てて途切れて 対面から自分を眺めるところまで

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