「倉内智男詩集」

   歩いていくもの

たとえば落下といおうか ものはみな 落ちる たとえば 落差 あらゆるものの間には らくさがある いまうなる弾丸 空飛ぶ鳥 音楽の冷たい持続のなかに 金属的な響きをたてて ぼくのなかを通過していくものを はたしてぼくは 何にたとえよう 約束で空き間なく塗り固められた小窓から あらゆるものを遠くに覗きこみ 日付のついたノートに 形象を逆さに貼りつけて 眩しく見とれていた無償の季節 部屋のなかを通り過ぎる時間 遠い昨日 ― 理由もなく部屋は 自分のなかへと 音をたてて崩れ落ちていった そのときから ぼくはもはや 泣くことを止めにして ぼくがぼくであることを止めることにした 再び時間が身を屈めて ぼくに触れる ものがみな 逆光線に透けて ぼくにめがけて落下してくる 殆ど倒れそうにして 重たい涙を じっとこらえているぼくのなかを いま旗のように高く閃いて 通り過ぎていくものがある ぼくの心を繋ぎとめている絆をひきずって 落ちる夕陽の向こうに 兵士のように歩いていく…… 地平線が円く拡がることのないところに このありあまるかなしみを置いてこようと ああ いまぼくのなかを 兵士のように歩いていくものがある

*倉内智男詩集 発行 水星社 弘前市富田3-6-13
*亡き鮎川信夫氏をその詩魂の師と仰ぐ筆者の決算のような詩集です。
 特に冒頭に置かれたこの詩は、発端の場所の記憶が詩として結晶したような質量と引力をもっています。

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