あとがき

 昔、何かの文章で僕は、本当の貧しさとは一切の物語から見放されるということだ、 と書いたことがある。「清貧の思想」とかいう美しい物語がもてはやされていた頃の ことだ。世の中にも、自分自身にも生きるに価する価値を見出せないこと。スカンピ ンであるということ。それは物のことではない。貧しさとは物のことではない。その 時、僕はスカンピンの方向をめざしていた。無産者の方向を。清貧という物語を負の 方向へと食い破るということを。だが、めざした僕は、まだ漠然とした待機の物語の 中にいた。  いま、僕は偏在する無産者を見ている。生きているという温みをほとんどもたない ほど痩せた心、2、3メートル付近にしか届かない気配り、遠景のない視界、希望の ない野宿、そして凍死……。  そして、僕自身の貧しさは、世の人々の貧しさと等しい。その貧しさに、貧しさと しての詩が生きられるかどうか、ということだ。

戻る

ホームページ