詩集「春ばかり」 水田佳 著
たそがれの子守歌
薄暗がりの中に
ポッと
ムクゲの白さが浮かんでいる垣根のそば
孫をだっこして
ゆすりながら
母が 細い声で子守歌をうたっている
母の胸のあたりで
赤ん坊の着物が
やっぱり ほの白く浮かんでいる
ちょっぴり鼻にかかった声
きれるようできれない昔の子守歌を
くりかえしくりかえしうたっている
自分の楽しみをさがして
垣根から外へ出て行ったこともない母
ホーッと息を抜く一日の暮れ
孫を自慢しにゆく話し相手もなく
茶のみ友だちもなく
ひとり
垣根のそばで
単調な子守歌をうたっている
人になりそこねた杖
怪我から立ち直ろうとしながら
母は杖を握りしめ
その力を込めた手で
残りの人生まで握りしめていたようだ
杖は独りでは立っていられない
それでも
独りで立っていられない者を支えようとする
杖に支えられて歩き始めた時
杖と支え合って人の字になっていた時
あの時
母は「人」たらんと決意していたのだと
この頃 思う
病に倒れて
今はもう
飲み込めず語らず
遠い目で近い所を眺めるばかりの母
その手から離れた杖は
人になりそこねたまま傘立てで忘れられ
白いほこりをかぶっている
*詩集「春ばかり」発行・ふたば工房 〒780-8062 高知市朝倉乙999・2F
娘の母に対する思い、情をあらわした詩なのですが、ある一点において、この詩はそこを抜け出しています。
それは「白さ」です。「白さ」はある向こう側をあらわしています。それは何なのか。うまく言うことはできないのですが、
ただ作者の詩は「白さ」をめがけざるをえないだろう、という気はします。