詩集「書店日記」                       文月奈津 著

相性

たとえば 書店は一つの海だ 浅瀬もあれば 深みもある 又 一つの山でもある その気になれば ふもとまでは誰でも行けるが 頂上をきわめるのは難しい あのエヴェレスト登攀のように ほら ごらんになって コミック、推理、週刊誌、小説類に哲学関係 詩書、俳書 ヌード写真集から六法全書に至るまであって どの辺りが浅瀬なのか深みなのか ふもとなのか中腹なのか それは お客様の知的興味が決めること そんな職場の水が合ったか 飽きることなく三十年 私は時に 魚になったり 風になったり

 立春

その朝 四つ辻の真ん中で 四、五羽のはとがゆうゆうと 地面をつっついていた 車が来ても平気 動じるふうもない そんなはとに 車はいったん停止して のろのろ徐行して はとが自然に脇へ寄るように計らって 続く二、三台もそれに習って どの地方でもなのかしらないが 高知では節分の行事として 炒った大豆を年の数だけ紙に包み 深夜ひそかに四つ辻に置く習慣がある そんな豆を車がふみつぶしふみつぶしして はとたちの朝食にちょうど良くなっていたのだろう 自転車通勤の私も自転車からおりて 車の横をそろそろ歩く そしてふっと 変な気持になる これって やさしさ おかしさ それとも 未来 人が はとに とって代わられるかもしれないという こわさかしら

*詩集「書店日記」 発行 ふたば工房 高知市朝倉乙999、2F
*定年まで、31年近く勤めあげた書店での日々、その時々の思いを題材にして、詩集をまとめられました。
 このような本屋さんは、今も街中にあるようで、しかし、コンビニ的な郊外書店や大書店におされて、厳しいようです。

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