ガルダイア 下前幸一
思考はノックアウトする 白く燃える扁平な火球の下 虹彩を縮小する日射の眩しさと 舞い上がる熱い砂埃 午後二時 今着いたばかりのバス停で 売店のジュースを飲みながら どこまでも続く乾いた岩の大地を見ている 立ち込める熱の質量に 視界はたわんでいる ガルダイア 広大な荒地のオアシスに 感情は瞬時に蒸発する 思い出は乾いて 何もない ホテルを捜して歩き始める ズックの一歩一歩と 舌の根の根方の耐えがたい乾き ガルダイア 僕は来た そこは理由など拒絶する場所 僕の中に 焼けた静寂が作動する 日射は白く反響し 午睡のメディナ(旧市街)に人影はない どこもかしこも似たようない路地で 行けども行けども行き着かない 僕は自らを見失い 自らの余白に立ち止まる 突然、コーランの読誦がメディナに響く 何をあくせくと捜すことがあるだろう 決して帰れない記憶を どうして求めることがあるだろう 「今」という瞬間の迷路に立ちすくむ スーク(市場)に人影はまばら 今はざわめきもなく スークは店じまい 炎天の白昼 時も木陰に横たわる ロバに跨った白服のじいさんがゆっくりと帰っていく 遠ざかるモトバイクの音 姿の見えない子供たちの声が跳ねる 影は濃く ハトだけがスークの広場を横切って飛ぶ 14ディナールのナイフと10ディナールのすいかを買い ホテルへ戻る 朝 Hotel Les Rostemidesの前でベルベル人の青年と話す パリでelectronicsを勉強中 日本人はよく働くから米英に比べうるほどの大国になった ベニイスゲンの出身 ガルダイアの付近には七つの都市が集まっている ベニイスゲンは他の都市とはまったく違う と言いながら、指し示す視界のずっと向こうには 土に半ば埋もれるようにして、円盤状の城壁の街が 厳格なイスラムの掟に自らを閉ざしていた ベルベル人の青年は ケイコという東京在住の日本人の女の子を知っている 家に写真がある She is very beautiful. エレクトロニクスが はるかな東京とベニイスゲンを結ぶ ハロー ハロー 君は元気だろうか 君の夢は健在だろうか いつか交わしあった約束 傷つけた痛み 目の中の公団住宅 漢方の臭いや 腰痛のたわみ 梅雨時の新鮮な散歩や まぼろしの確かな繁殖 台所の夕餉や 黒い人々のポートレート 君の口ごもる語りや 君の主張や 繁華街の中の寂しさや 家族のない寂しさや 分裂する精神の 忍耐と 独学の六畳間に 君は元気だろうか? 砂漠の日没を ホテルの屋上から眺めていた 視界の限り砂漠に囲われたこのオアシスで 僕はひとり 砂漠の日没を見ていた ガルダイア 炎熱の街に日は暮れ落ちて、いま ゆるやかに風が 砂漠をなでていく * 午後三時二〇分 路線バスの中 横殴りの日差しに晒されながら 言葉もなく 土と岩の荒地を見ている 意味を遮断する光景と 焼けた遠景 死を航海する箱舟 沈黙を渡る宇宙のシャトル 言葉もないままに 僕はこの瞬間に張り付けられている 突然、バスが止まる 対象のない物思いの中途に 黒人の兄弟が乗り込んでくる 見渡す限り何もない砂漠の真ん中で 彼らはいったいどこから来たのだろう サハラ 黄色く赤い砂と土の荒地 乾ききった情景を 焼けた風が走っていく 日射が白く照りつける 大気が燃えて揺らめいている 彼らはいったいどこから来たのだろう