詩集「花・野菜詩集 V」 羽生槙子 著
カマキリ
庭のキンカンの木で
カマキリがカメムシをつかまえた
カメムシを食べはじめた
と思ったら わたしのけはいを感じて カマキリは
さっとわたしの方を向いた
逆三角の頭
ひすいのような緑の目
ととのった対称の触角
カマキリにはわたしがよく見えている
カマキリが目でわたしの全存在を知ろうとしている
カマキリはわたしの心を知りたいのだ
わたしにもカマキリの心がそのひすい色の目を通して
少し見えた 「よろこびも悲しみも……」
もうひすいのような目は
占いの水晶玉のようにくるりと回ってほかの物を映す
だいこん 1
冬にだいこんをとって 、
葉も食べようとすると
あちこちにポツンポツン光る卵がついている
真冬に卵を生む者は何?
ルーペでみればイラガの卵みたい?
と思ってルーペを持ち出してみたら
光ってなくてまばらな毛が生えている
ではなく 細い足 六本の昆虫型
目がある
背中には横じまに似たしわしわ
ひっくりかえすと
おなかの側には丸くポヨポヨと
葉にくっついていられるらしい部分がある
もう立派な虫だった驚き
わたしのつくっているだいこんで
だいこんの葉を屋根とも思い 家とも思い
いのちの食べ物にして生き抜いて 冬
そう思うと
大根の葉の大きさが空にひろがって見えて
葉の間から
日の光がこぼれ落ちる
すきとおる音が 聞こえる
*詩集「花・野菜詩集 V」 羽生槙子 著
発行 武蔵野書房 国分寺市本多2‐9‐8
*筆者の視線の柔らかさ自在さがとても印象的な詩集です。
ともすれば畑の日記とでもいう感じになりがちなテーマの詩集なのですが、筆者の視線は
野菜や虫を見る人間の位置からずうっと収縮し野菜そのものの位置へ、あるいはぐるっと
向う側に回って、虫そのもの位置から人間を見ていたりと、とても柔らかくかつ自在です。