そーる               樋口えみこ

柔らかくて 丸まっこいものよ、 おいで フワフワけばだって 喉に突きささるもの、おいで きつく抱きしめて崩れてしまうもの、おいで 痛い思いで毎日笑顔を浮かべているものよ、おいで とうにいまを忘れてしまったものよ、 鋼のやいばで切りつけるもの、おいで 深く私を切り込んでおくれ しゅーちゅー、できるように カミソリの刃で毛布のように 包んでおくれ、冷たいものよ ドロドロに溶けて進むものよ、おいで かたくななものよ、おいで ヤケドのように強靱なものよ、おいで なめした皮の陶酔よ 燃える氷のように 鉱物のやさしさで 痙攣の甘美さで 破綻の完璧さで 磨耗の神秘で くるものきえるものよ 遠く バネのように拡散する たましいの運動 ねじのついたプールの歓声 まぶしい光のように謎に満ちて 落ちていく こぼれていく それらは 深紅のドレスをひるがえし 平手打ちをくらわせる べとべとした液で頬をなでる カナシイノ? なんでもないことが あたしがなんでもないことが あたしをふくむここがなんでもないことが あたしをふくむここをふくむものがなんでもないことが あとにもさきにも 北国の 磨りガラス越しに見る雪景色の ゆくえ ほっとする 殺人現場 ありきたりなアパート せむし男が住んでいる ご飯茶碗とおつゆの茶碗が並んで湯気をたてている マッチ箱に人差し指が眠ってる 象牙の塔を噛んでいる 繰り返し繰り返し おいで、 みつばちのささやきに身震いするものよ 針で刺すいたいけなものよ おいで、 濁った象のしわのように疲れていて 跳ねている あたしのたましいよ 反射する 収斂する 波に翻弄されるあなたの胸で鼓動するもの 嵐のわかりやすさ さざ波の無感動 感じなく なっていくものよ、 おいで、 あたしに、 くたくたに、 バラバラに、 さらさらに、 おいで、 揺れている 徒らに 打ち砕けて イキテイル ヘナチョコナたましいよ

1996年9月号より
*詩集「なにか理由がなければ立っていられないのはなぜなんだろう」 発行:ぺんてか

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