光りだした箇処を、わたしたちはしらない   河津聖恵

                 冬のトーチカ そのような、海沿いの灯りのない喫茶店 むかいあい 目を閉じているように開けて 午後五時 窓の外 雪のけぶる白さに消された水平線をかんじながら 光が消え 空の白はふかまり 青がどこからかほどけてくるのを しらない心のようにみている うすあおさにのこされた灰色のガードレール 押しボタン式の変わらない赤信号 ゼブラゾーン、轢いてゆくトラックのイルミネーションの極彩 ふかまるとは 世界をのぞきみること 降りだした雪に隠され、昨日のわたしたちのさらに奥から 過去でも未来でもない光をみている 透きとおる時の骨のすきま越し ちいさな窓に青は青へふかまる (はじまったその箇処を つげしらされた瞬間をしらなかった) 停止線、ゆきどまり、国境、わずかな法のようなもの それらはつかのま しにゆくけものの鼓動となってつよまり うすあおさのなかにとけてゆく みえない海では 水につけた噛み痕が言葉をこらえ 夢の領域にたっしている しらない雪 しらないわたしたちのような雪 だれかに(扉を叩いただれかに)ゆさぶられ 窓の外 青のなかをしずかにおおくなってゆく昨日の羽毛 空の鳥が、目をつむるのがわかる 睡る場所は、失われてゆくのだと思う だから鳥の睡りは送信されているのだいつも テーブルのうえに 伝えられる陰翳のビブラート 鳴くように(泣くように) 指は、わずかにうごく それらこそがわたしたち 心のない二人であるように 古いふかさを(青のなかの青を)かきまぜる 生まれたばかりの夜の穂先にくすぐられて やがて、もうひとりのほうへ 水銀灯に解らし出される雪 意味は激しくくしけずられる のこされるものはあるだろうか (こうしているうちにもぼくたちは雪になってゆく、) 青のなかで青は いつ、この夜になったのだろう (今このときに) 光りだした箇処を、わたしたちはしらない

*詩誌「アルケ カムイネ」より
この名前は、半分カムイ(神)であるという意味だそうです。その誌名にふさわしい詩。

戻る

ホームページ