詩集「生きゆく時代に抱かれて」
岩国正次 著
心を揺する
痴呆と呼ばれる人に
あなたは痴呆ですかと
尋ねたことありますか
もう何言っても
分からない人と決め付け
他人のようにそ知らぬ顔をする
時計を差し出し
いま何時何分と聞く
私を指差し
この人は誰
どんな関係ですかと聞く
施設入所措置判定員は
選別の道具と化してはいないか
私がお〜いと
手を差し上げれば
拘縮した手を露に
お〜いと手を出し
迎え入れてくれる
知らないことは
知らないこととし
分からないことは
分からないという中に
私は人間の味を噛み締める
理路整然と語る
一端の言葉より
思い知ったように
喋る人よりも
人間を曝け出し
暴かれている人と
通じる言葉は失せていく
反乱する世相の
なせる業なのか
少し心を揺す振れば
桜の花で宴会だ
花咲く期間は短いが
時に涙をも流す
来年また会おうねと
声をかけると
会いたいねと返答する
じゃあ今日はさよならね
声をかければ
くの字に曲がった手を振り
またねと言葉を返す
日一日を大切にと
言葉に願いを込める
大きく手を振り
ありがとうの言葉に
私はそっと涙を隠す
また来てや
耳に心地好い
風が吹いてくる
母の暮らす特別養護老人ホームの
玄関を一歩出ると
六甲山から長尾山を伝い
ちょっぴり恥ずかしがり屋の
自然界は薄雲で覆い
白い冬空から
緑の風吹く春へと
衣更えしてるようだ
生かされた人生を歩むことなく
自分を生きることだと語る姿は
私の傲慢なる故の
思い入れなのだろうか
*妹さん(骨髄性異形成性症候群MDS)や母上の老いや闘病の現実から詩表現を立てておられるからか、
言葉の背後にある感情に説得力があり、それが言葉の空転に対する歯止めになっているようです。