今           下前幸一

立ちすくむ今 とどめようもなく なし崩されている、今 先送りされている、今 とめどない饒舌に 遮断されている、今 触れない今 約束された今 蹂躙された今 立ち枯れた今 今 殺したいように 今、後悔が夜を奪い取るように 見なかったことにして 通り過ぎるように 今が ことんと音をたてて 事切れる、今 今 胸が軋む 信頼が音もなく崩れていく、今 青ざめた夜に凍えている、今 そして今 私の空にジェットの轟きが反響する 今、ベルトコンベアが走る 今、水溜りに呟きが落ちる 今、会話が突然離れる そして今 一人の夕餉を、ひっそりと見つめている 今 求めるように 願うように 祈りのように、降りしきっている 響きのように 空に張りつめている、今 そして今 あなたの悲鳴が、あてなくうろたえている 今、伝達が分断される 今、無気力が今を蝕む 遠ざけられている、今 そして今 なかったことにしてくれないかと 小さくなっている、今 今 あなたが交渉されている あなたが確定されている 今 あなたが代行されている 知らぬ間にあなたが掠め取られていく 今 途方もなく 遠い はるかな、今 そして今 伝統が倒産する、今 今、沈黙が口をつぐむ 汚さは転嫁されている 人権は反故にされている、今 責任は売買されている 今、反対派は襲撃されている 今、憎しみが今にはびこる 今、グローバルに溺れている 大量の希望が飢えている、今 難民はガレキに捨てられている 今、核弾頭は今を人質に取っている 今、踏絵が斉唱される 今、記憶は書き換えられている 今、汚染は人生を蝕んでいる 今、自らとの距離を測っている、今 些細な足取りに耳を澄ましている 今、確かさがどこかで自らを刻んでいる 今、何かがことりと音を立て 今、誰かが囁く 今、何かが微かに痛み 今、誰かが寝ぼけ眼で、朝刊を開く 今 誰かが、通勤ラッシュに溺れている 今、誰かがリストラに脅え 今、あてのない求職に疲れている 今 誰かが、萎びた毎日に、うんざりとして 今、何かが待たれている 今、誰かが 何かを見つめている 今 今を見つめる視線が放たれる 無数の視線が交差する 今 今 私の中で、揺らぐ そして今 せめぎあっている 今 私の中で、揺らぐ そして今 せめぎあっている、今

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