君を見ていると
下前幸一
君を見ていると
荒れた視界のささくれに
記憶の街路が立ち上がる
埋め戻された記憶
埋葬された希望と
毛布にくるまった屍の
あれはシャティーラの悲鳴
追放の地に囲われる
難民キャンプの九月の凍え
見失った計画や
滑り落ちた信念や
忘れられない思いの沈殿
それは宛名のない感情だ
見定めることのできない自らの窪みを
繰り返し流れる
松葉杖にもたれて
見つめる君の将来は
関わりあえない入植地に阻まれている
居場所をなくした夢の屈折
テーブルでうなされる寝覚めの現実
片隅に置かれた勝利のうたかた
感情は行き場を失い
名前のない中途に吊るされている
故郷は標を断たれて
モノクロームの証言に軋む
和平交渉はもうひとつのこと
昨日と今日との界面に君の闘争は始動している
*
君を見ていると
痩せた思考の底板がずれる
僕の中の不毛の損得が軋む
そこに僕たちと呼べるほどの共有はなく
見定めるこの刹那
不可触の欠如に惑い
僕たちは漂いの中にあり
抵抗のかき消えたエリアから
見えない君を見ていると
語られることのなかった言葉や
強大な武力に呑まれた沈黙が
つぐむ自らを眼前に晒すのに
伝達の言葉は散乱し
歳月を遮蔽する分子雲の
一面報道のただ中へと霧散する
すべての傍らにいて
すべての不可能をはらみ
瞬く間にすべてを過ぎる
それは私たちの満蒙
蚕食する黄土の三光
朝鮮の総督府
君を見ていると
むしろその傍らに絶滅収容所は佇む
免罪をまとう言説を剥がれて
君を見ていると
忘却に荷担する現在の
繁殖する忘却が視界で破れる
*
解釈の合憲へとなし崩す
平成の秋日の平和よ
その前線に第七艦隊を抱えて
戦争の不在と
裏返った平和の欺瞞と
背反に立脚する言葉の暴力
パワーゲームの交渉と
あてがわれた境界の線引きと
和平の概念化に
奪われた歴史の空白から
自らを生成するパレスチナの
沈黙に沈む言葉の痛みと希望と
君の牢獄から
閉鎖された君の領域から
光景はその記憶を充電する
君を見ていると
かき消えた不可視の現場が
言葉の現在へとひしめく
宙吊りの対話から
石の蜂起へ
言葉の根源へと
口ごもる報道へ
裂けたコミュニケーションへ
分解する絶対者の多数性へ
ほころびた論理の破綻へ
非対称な感情の連帯へ
余白の共闘へと
*実は、この詩は「新日本文学」の1月号、詩特集に出したものなのですが、行数の制限があって、半分くらいにカットして発表しました。
その時は、意外とアッサリ、スッキリとして、これもいいかな、と思ったのですが、こうして読み返すと、いろんな出っ張り、寄り道がある方がよいと思うようになりました。
もし機会があれば、読み比べてみて下さい。