詩集「虎の尾」
草津信男 著
ちびた鉛筆
ちびた鉛筆は砲煙弾雨の戦場にいた
汗まみれの兵士の綻びた軍服のポケットの底から這い出て
占領地での仮寝の夜
星明りの下で兵士のモノローグを軍用葉書に書きとめていた
ちびた鉛筆は煉瓦塀の刑務所にいた
拷問される思想犯が悪いのではないと知った看守の手で持ち込まれ
監視の眼を盗みつつ
指に匿(かくま)われチリ紙に情報を書いていた
ちびた鉛筆は銃後の母の掌(て)のなかにいた
愛するものを権力に奪われた女のさびしい夜
こころの通う道はただ一つと
唾きにぬれながら金釘文字を便箋に綴っていた
ちびた鉛筆は貧しい小学生の筆箱のなかにいた
ニューフェイスと交替できないので
先生に教えられたホルダーはめて背伸びし
夢と希望を雑記帳に書きちらしていた
ちびた鉛筆はますますちびていった
それでも誇りにみちて
芯があるかぎり書いてほしいと願っていた
書きにくいといって捨てるものはいなかった
雨
黒いコンクリートの地面に
墜ちてきて
壊れる
白いガラスの球
○
連なり
側溝を走る
透き通った
節足動物
○
道に
さざなみ打ちよせ
足もとは汀
○
水滴
刻々
増え
唸りをあげ
河水となる
○
雨の日
濁り河の段落は
茶色い瀧
○
雨の日
走る窓は
白い列車の複々線
先行車を追い抜くノンストップ
○
窓を伝う
空からの音信
途絶え
やむ雨
*詩集「虎の尾」 発行 三都書房 京都市伏見区下鳥羽柳長町6-23、丸山方
*縁あって、最近、新日本文学会に入会され、たまたま僕が編集に関わった7、8月合併号に
詩をいただきました。
いままで、草津さんの詩にふれる機会がなかったのですが、今回、詩集「虎の尾」を送っていたいて、
まとまったものを読ませていただき、また井之川巨さんの、草津信男小論も合わせて読ませていただいて、
草津さんの、五〇年にもわたる詩作について、ごくおおざっぱながらも、そのアオトラインを知ることができました。
それは、ひと言で言ってしまえば、戦争と革命の記憶をほりおこし、詩に定着する作業と言えるのかもしれません。
記憶というものの風化がいちじるしい昨今にあって、とても大切な仕事だと思います。
今回、詩集から紹介させていただいた詩は、このような流れから言えば本流の詩ではないかもしれませんが、
「ちびた鉛筆」の童話的な語り口、「雨」のいろいろな表情の定着において、とてもひかれました。
特に「雨」のような詩は、自分というものを直接語らないだけ、逆に筆者の感性、その動き、反応といったものが
露出してよくあらわれるような気がします。