めっきり、ちゃっかり電話は嫌い         モリタクミコ

ウエちゃんから 電話が掛かってきた ケイタイもパソコンも持たない パラサイトじゃないシングルで 黒くて重たい受話器越しに いつも換気扇の音がする 「空いていた隣の部屋に若い男が入ってきたの」 一年半ぶりの彼女との会話 そういえば昨日は電話した ケイタイもメールばっかで 電話には使わない私が テレクラには電話している このごろなんて昼休みに会社の電話 女性側通話料はタダなので 隠すこともないから 主任にもチーフにも言ってある 相手の男たちの話をつなげると 真昼は女性は主婦ばっかりで 「キミ、OLなんだね。 話題が合わないんで困っちゃうよ」 は単なる逃げ口上かもしれないし 昨日のヤツはちょっと違って 話が瞬間盛り上がりすぎて 電話で疲れて なんかする気も残ってなかった 「そう、そう、そうだよ」 ウエちゃんの話に相槌を打つ 「白樺荘の?」 「二〇三の方じゃなくって二〇五にね 学生らしいの」 ウエちゃんは、年賀状にも通販の申込書にも 白樺荘と大きく書くけど 三階建てモルタルのアパートの玄関には 白樺マンションと出ている 「このアパートは年寄りの一人暮らしが多くて」 話しが始まったばかりで悪いんだけど 長くなりそうな電話は嫌いなんだ 「だから、会って話そうよ。ビールでも飲みに行こう」 「前に会ったのいつだったかしら。 ちょっと予定がわからないの。 年末でいい? 忘年会ね」 ウエちゃんはかなり大手の製造業で 大学を卒業してからずっとおなじ営業所にいる それに比べてわたしは、 別姓事実婚の兼業主婦かつ契約社員は雇用保険もない 「そんな暢気なこと言ってると、無差別テロにあって会えなくなるかもよ」 「テロリストには抱かれてみたいわよね」 それはウエちゃん、オンナが言っても、女性蔑視だよ


*年に一度しか会わないサエコと、やっぱり一年ぶりに会った。サエコは エイズ関係のNGOで働いていて趣味がマラソンという不思議な女性。世 界エイズデーとホノルルマラソンのある十二月が近づくと支離滅裂に忙し そうだった。
 ところで、世間はエイズのことを忘れはじめているのかな。血液製剤の 訴訟については新聞に載るけれど、エイズそのものが話題になることはな くなったよね。一時は女性向けファッション雑誌にもセイフティセックス についての記事があったくらいなのに。こんな風潮の中で、サエコが居た MQJ(メモリアル・キルト・ジャパン)への助成や寄付も激減だったら しい。彼女は淡路(大阪市淀川区)で家賃二万円の一人暮らしだから、生 活がかかってて、休日アルバイトをしたり派遣社員をしたり、ますます忙 しくなるのかと見ていたらNGOを辞めた。
 という訳で、今は専業派遣社員になったサエコが「健康診断がわりに献 血に行った」と言ったときは「エイズの?」と思ったけど、栄養状態なん かが気になっていたようです。
 でも、正社員として勤続十六年のわたしにとって、健康診断は「権利」 だとは思えない。自分のカラダという最もプライベイトな部分を管理され ているようで、毎年その日が近づくとイライラする。大体、レントゲン を毎年撮って大丈夫なの? 今は「妊娠の可能性あり」に○をするとレン トゲンはパスできるけど、この手が使えるのもあと数年でしょう。        (モリタクミコ)

*最近は小説のほうに傾斜しているモリタクミコさんですが、久しぶりに登場です。

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