もしも駅前で見かけたら ― PINKに ― 下前幸一
もしも駅前で見かけたら 思い出をたたんで行きなさい 夕刻は遠い 始まりはもっと遠い いつか来た記憶の小道に佇まい 初冬の雨に閉じている 糸口は風に揺れている 隔たりは深くめまい 始まりの場所には届かない 砂の音韻にさらわれて もしも帰宅に迷ったら 計画を忘れて行きなさい 谷間に月は壊れた 深夜の饒舌が振り返る 窓辺の足音に眼をみはり 君の喪失を知りなさい 迷惑をかけず 自分にも告げずに行きなさい 花の色彩は褪せていく 痛ましい安堵と 君は散歩を連れている 肩を貸しあった現実を離れて 真実はそこにある 百年の寂しさに蔽われて 死にさらわれたのは昨日 褪せた唇の 不在は噂を繰り返す 乾杯! 青天井に! 缶ビールと そこにもう君はいない 主のない思いが尾を引いている もしも駅前で見かけたら 思い出をたたんで行きなさい 夕刻は遠い 始まりはもっと遠い 夕刻は遠い 始まりはもっと遠い