詩集「何事もなかったかのように」  中尾彰秀著

 水滴

熟さぬがゆえ 却って 私の内部に入る 熟しているがゆえ 却って 熟していないかのごとく 何の媒体も求めず ただそこに在り ないかのごとく そのまま そのまま 水滴はいつも完結している 私は一体いくつの水滴なのか私よ 何もない空間に手を差し込み握る 私はまるごと消えながら もう一方の私は この小さな外円にはち切れんとしている 遥かな青い内海ウツクシク 遥かなうす青い地球ウツクシク 血し吹きながら大股で横切った あの あの愛すべきペリカン 自ら壊しておきながら 必死に修復試みるあの あの愛すべきニンゲン はち切れ はち切れているその波 波よ

 転換

ない 喫茶店の新聞には広告が ない 近くの公園の公衆便所には紙が ない オイラ賭け事で勝った例しが ない 本日は忙し過ぎてもう時間も体力も ない これでもかの自然破壊残された地球時間 ない 経済成長今だにもくろむ政治家にやる一票 ない 手持ちの財布にはお金が ないないないが 不思議にもひとつに重なって あるに転換する ものを 楽しんでいる

 高速船

感動とは 一体 何だろう いわゆる何かいい事 が起こって それが 感動なのだろうか 何か違う気がする 世の中は 感動のバーゲン と思った事がある いつも思う 人間は 感動のバーゲンに 成り下がったのか上がったのか 何かをしたという 結果などクソくらえ 感動などない およそ感動から 遥かに遠い 海の上ひた滑る 高速船 に乗る人 皆等しく 等しく 静かに静かに 瞑入り 瞑入りの内で ひかり反射する波

*編集工房ノア  大阪市北区中津3−17−5


1997年1月号より

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