寝苦しい夜                  下前幸一

寝苦しい夜 砂の記憶を渡った 届かない思いを 現在に残して 微かな場所の貧血へと やわらかく自分を殺して 足音を忍ばせて 薄い影が行き交った もう少し 断絶の縁まで 擦りむけた伝言の 血の滲む痛みまで バンドエイドの癒しと 立ちすくむ寂しさに ミナレットのある 異教の記憶へ 寝苦しい夜 砂の情景を渡った アラーはいない 僕たちのアラーは 知らない所で点滅し どこか分らない方位へ反転し 外へ 消えた 寝苦しい夜 なけなしの傾斜をたどった 目論見は崩れて 砂ににじんだ 静かな風が 僕たちの失敗を掠めていった ひとり 彩りを離れた 夜にもたれた ナツメヤシの木陰で 人生を修繕した 寝苦しい夜 そこにもう僕はいない ほとぼりは冷たく 電車はまだ来ない

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