弟へのノート 1                    中原繁博

神事(しんじ)前に弟が逝って 僕は 首を垂れる 宵神事も昼神事も土砂降りで 僕は(白秋)の雨のうたを思いだしてた おなばれ太鼓が家にいる僕の耳にも届いて 昨晩の土砂降りの中の夜店を思い 小学生だった頃の弟の 神事用の真っさらな 下駄の音を思いだしてた 君の病棟暮らし三十一年 海にいた僕は何もしてあげられなかった ひーとい遅れの花火大会を 今にも降りそうな 浜の空に見上げたが 僕には何の感動もなく ただ時々 涙だけが流れた 翌々朝は青天であった 僕は土佐の片田舎に住んでるが 田舎にいて更に田舎にいきたいという 思いにせきたてられた 杉皮屋根の漁師の家があって 夕暮れには浜に郷の方から銀やんまが飛んできて 岩間のどこからか磯鶫(つぐみ)の鳴き声が 風にのって 聞こえてきそうな…… とっと昔 君と一つ屋根の下で暮らした 今となっては 幻のような田舎に。                     おなばれ ― 御神幸の行列                     ひーとい ― 一日                     とっと ― ずっと                     郷 ― この場合は農家のこと。

*詩誌「SPACE」No.35 発行 ふたば工房 高知市朝倉乙999・2F
*筆者の弟に対する思いの痛切さが、神事の点景と重なって、とてもよく言葉に定着されています。 いくつか出てくる方言が感情のアクセントとして印象的です。

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