詩集「るっぴん るっぴん」
小舞まり 著
記憶
まだ出逢ったことのない
あなたのことが
とてもなつかしい
春の雨音
るっぴん るっぴん
ふいに あかるい雨の音
銀色まだらの大空を
すっすとなでて るっぴんるっぴん
ひしめきあう水滴曲線に
小さなひかりを宿し
吸いこまれる のみこまれる
澄みわたる平らな吉備の野へ
びっしょり黒光りの土の中へ
「なんだか あったかいね」
「うん。ぼくのあたまのなか
まあるくなってきたよ」
「からだのすみずみまで
しみとおっていくね」
ゆうらゆう たちのぼれ
とうめいなオーロラの微風
ゆうらゆう たちのぼれ
いのちの揺れ
(あの山にねむる古代びとは
ひときわつめたいくちびるに
春のいちばんはじめの雨つぶを受けた時
ことん と目をさますという)
ひとり
また ひとり
土くれをかぶったまま
起きあがるから
荒い息を吐く肩の向こうに
円形のまばゆい空間がひろがる
記憶の底の
弥生の土器は さくらいろ
はるか宇宙樹のてっペんを
ゆさゆさおよぐ
はるがすみと おなじ色
土器のなかでひたひた波うつ水は
未来形にのび
大きな太陽を内蔵していた
長い黒髪を無造作にたばねた女の人が
ゆっくり手をひたすと
日光はちりぢりに反射し
顔に照りかえす
いつもこうして最初のいのちは始まる
いく億もの朝が とおりすぎ
るっぴん るっぴん
地平線のま上をつたう雨の音
果てしない宇宙の時間を
問うことさえ忘れたように
きょうの雨は
ノックする
*春の雨の、るっぴんるっぴんという雨音が、時空を越えたいのちのたわむれの
場へといざないます。この詩だけではなく、詩集全体に、るっぴんるっぴんの雨音が聞こえる。
いのちは、私のいのち、であるだけではなく、マンダラとしてのいのちの中に、私はある。
「いのちはプレゼント」という誰かの言葉を思い出した。