<寂しさ>について

  T <寂しさ>はあなたの中のある欠落を暗示する。 <寂しさ>はあなたの欠落にふちどりを与える。 それはある種のリアリティーである。 欠落とはかつてあったという記憶であり、 いま失われているという感覚であり、 将来何が求められているのかというヴィジョンである。 したがって<寂しさ>において過去と未来が交差する。 記憶から<寂しさ>は伝言する。 <寂しさ>はヴィジョンから予言するのだ。 <寂しさ>は社会性である。 <寂しさ>はトータリティーを暗示する。 したがって、<寂しさ>はある種の普遍性である。   U 普遍性としての<寂しさ>はあなたの中に入り込むとき、 言い替えれば、個に局在するときには、ある形をとる。 ある形をとることによって、<寂しさ>はあなたにマッチするのだ。 あなたは<寂しさ>の形によって、欠落を意識する。 あなたによる欠落の意識つまり孤独は、<寂しさ>によるあなたへ  の伝達である。 欠落の形、あるいは<寂しさ>の形はあなたの個性である。 欠落は個性であるが、<寂しさ>は普遍性である。 <寂しさ>はあなたの中に局在するときにのみ個性の形をとるのだ。 欠落の形、あるいは個性は、希求を表現する。 希求は過去と未来の双方向に向けて発せられる。 つまり、記憶とヴィジョンに向けて。 あなたの現在に、<寂しさ>は記憶とヴィジョンを照らしだす。 それが<寂しさ>によるあなたへの伝達なのだ。   V <寂しさ>はあなたとわたしとの間を漂う。 それは距離と時間を越える。 同時代性と不可能性との間を<寂しさ>は漂う。 あなたはかれらではない。 だが、あなたはかれらなのだ。 かれらとは人知れず間引かれた飢饉の赤子、 あるいは水牛を引く農夫、 あるいはネグロス。 <寂しさ>は歴史的事件と現在との間を漂う。 <寂しさ>は虐殺の広場に漂う、 <寂しさ>は一切の墓標を巡礼する。 <寂しさ>は社会的記憶から伝達を託されたのだ。 <寂しさ>は無数のあなたと世界とをつなぐ。 <寂しさ>はあなたに共同性を暗示する。 それは社会的記憶とヴィジョンを通じて、無数のわたしたち、ひと  りひとりに共同性を暗示する。 <寂しさ>は無数のわたしたち、ひとりひとりに伝言する。 <寂しさ>は無数のわたしたち、ひとりひとりを結ぶのだ。   W <寂しさ>はある種の普遍的なリアリティーである。 <寂しさ>は意識とともに派生した。 それはわたしたちの類的な記憶から伝言する。 <寂しさ>はわたしたちの欠落、わたしたちの孤独を明るみに出す  のだ。 わたしたちがわたしたちの存在を遠ざかって行くということ いのちあるもののいとなみをこぼれ落ちて行くということ 大いなる自然の循環と断ち切られているということ。 <寂しさ>はわたしたちの類的な記憶から伝言する。 そしてヴィジョンを暗示するのだ。 原子力発電所は寂しい。 証券取引は寂しい。 ブロイラー工場は寂しい。 コンビニエンスストアーの喫茶コーナーは寂しい。 <寂しさ>はわたしたちの類的な記憶から伝言する。 そしてヴィジョンを暗示するのだ。   X わたしたちは欠落において、<寂しさ>を意識する。 それはわたしたちに局在する<寂しさ>である。 <寂しさ>はある形をとることによって、わたしたちにマッチする  のだ。 <寂しさ>は実在する。 わたしたちは局在した<寂しさ>を自らの感覚として、感覚するが、  それは<寂しさ>の解釈にすぎない。 <寂しさ>は解釈を離れて実在する、ある種の普遍性なのだ。 わたしたちがトータルであるとき <寂しさ>は普遍性のままでわたしたちに語る。 その時、わたしたちは会話するのだ、 <寂しさ> あるいは普遍性と。   Y 樹木はトータルである。 わたしたちは<寂しさ>にいざなわれて、樹木の下に来た。 そして、小さなサークルをこしらえたところなのだ。

戻る

ホームページ