戦中記 及川徹
国家があてがう背骨が 我慢出来なくって 俺には生きるあてがなかった 生きたくとも生きられなかった人々が いっぱいだったその頃 サイレンや軍靴の音に 耳をふさぎながら 防空暗幕にかこまれた部屋で 文庫本のガルシンを読み 紅い花に手を伸ばす狂人に 美しさを感じていた (飛行機会社に勤めていた俺) 死のうと思って いつも青酸カリの小瓶を 手許にもっていた (半分は彼女にやった) それが俺の「浄土」で 圧縮された「自由」だった 俺は自殺しそこね 彼女は死んだ 一六才で― 戦争は終った 私生児で冷たい小母に育てられ 級長で卒業した彼女の ふるさとに墓があるのか ないのか 墓のそばで彼岸花が 赤い悲しみをたゝえて 咲いたか 咲かぬか 俺はしらぬ しらぬ