なやみ
芝充世
まるで 名前のように
追っかけてきたり 先廻りしたり
ねことねずみ みたいに
かみついたり ひっぱったり
どんどんふくらんで
壁のように たちふさがる なやみ
・
小鴨が とぶけいこをしている池のほとり
ラッキーとよばれる犬が 走りまわっていたのは夏
いまは リボンを付けた飼犬と ポリ袋を下げた飼主たちが
なぐさめあうように寄りあっている
ああ 椿の木も椎の木も ばっさりだな つぐみや
こどもらのかくれ家も こわされた
もうすぐ 斧をもった者たちが
わたしの植えた りんごの木を伐りにくる
・
まるで死の灰のような なやみ
つめたい ながい手で ひかりをさえぎり
虚言の油によごれ 暴言の鋲をうたれ
凍ったなみだとなった なやみ
・
くるしみから出よう 苦しみから出よう
真実が からだを洗っているところへ
のびやかな瞳の少女らが ゆっくりと時を織り
野の草が 乳飲み児と話をしている
緑なす山々のふもとへ
・
言葉の薬箱をもって ―
(息の詰まりそうな状況を書いたら
こんな詩になりました。苦しいときには
気負わず、語るようなこんな詩も
必要かな、と思っています。比喩の奥に
ある切実な想いを汲みとっていただけるなら
幸いです。)
『花たより』4月号より
1997年5月号より