詩集「祖父母の家」
羽生槙子著
なわしろいちご
田植えの用意でおとなが忙しい季節
おとなに忘れられたみたいに子どもたち
土手下の少し暗い道を行く
くもり空の下 緑の中
てんでに赤いなわしろいちごの実を食べる
これは食べられるけれどへびいちごは毒だと
土手下の茂みの斜面で
わたしより一歳年上の女の子が教えてくれる
その子の言うことをみんなよく聞く
ほたる
夕方からかごにほたる草を入れ
ほたる草に霧を吹き 用意する
晩ごはんが終わってから かごとうちわを持ち
弟や友だちとほたるをとりに出る
小川と田の間の細道を へびをこわがりながら
じゅうやく(どくだみ)をふむと
じゅうやくはにおい立ち
ほ ほ ほたる来い
こっちの水は甘いぞ
あっちの水はにがいぞ
と ほたるを呼び呼び
川下に向かってみんなで一列になって歩いていく
一度 小川を向こう岸に泳ぐ大きい青大将に出会った
夜目にも白い腹
ほたるはいっぱい夜空を舞い
草にとまり
ぼおっ ぼおっ と光っては消え
小川はせせらぎの音を立て 流れ続ける
山へ帰る人
祖父の家は橋を渡って土手の坂を下りた村の入り口
店をしている
その土手への坂を走り下りるようにして
来た人たちがあった
とても感じの違う人たちだった
母が緊張して応対しているのがわかった
母はその人たちから店で売るほうきの類の物を得
その人たちは別の何かを得たのだと思う
また土手への坂を走り上がるように去った
母は あの人たちは山に帰るのだと言った
*羽生さんは、ご夫妻で、詩誌「想像」を発行されています。
今回の詩集は、羽生さんのふるさと瀬戸内での少女時代の思い出を、点景として綴っておられます。
とてもなつかしい感じがします。