ソウル行          イシヨン 萩ルイ子訳

   麗水(ヨス)発ソウル行 夜十一時半 鳩号 語感がいいな 鳩号 三等列車 阿修羅さまのように混雑した通路で 頭を上げて 若い女人が わたしに尋ねた 明日洞(ミョンイルドン)はどこでしょうか 背中では 赤ちゃんが寝入っていて 通路の床に敷いた毛布には 六つか七つぐらいの男の子が 意気消沈した表情で 座っている 歳は八つ お父さんを訪ねて行く途中です 一年前 農業に失敗して家を出たんだけれど 明日洞のどこかで見かけたという人がいるんだ。 わたしは知っている 明日洞 真昼でも 鉱山村のように真っ暗だった町内 スピーカーが がーっと鳴り響いて 酔っ払った男達が 大八車へ横になり 夕暮れになると 並んだ低い軒から 若奥さん達の短い悲鳴が漏れてくる所 黒く日焼けして、匂やかな畑の滴が流れる あの女人の首筋も ただちに赤らむだろう 家の前にある せせらぎで洗って履かせた 男の子の真白なコムシンにも すぐに 黒い石炭の粉がくっつくだろう だが さらに わたしは知っている 彼女が すべての望みをかけて訪ねる明日洞は もう ソウルに無いということを。 飴売り まぶし粉売り 日雇い労働者達の通りは片づけられて バラックの代りに入ったグリーンマンション団地では 身ぎれいな子供達がぺちゃくちゃしゃべりながら 青い芝の上を 駆け回っているのを。 麗水発ソウル行 夜十一時半 鳩号 風呂敷包みを解き茹で卵をわたしに勧めつつ 若い女人が 不安げに再び尋ねた 明日洞はどこでしょうか

*「原詩人通信」No87 〒141 東京都品川区大崎4-5-13-405
 イシヨン氏は1949年全羅南道の求禮(クレ)で生まれた詩人だそうです。

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