詩集「特別な朝」 村山精二 著
特別な朝
新入生になる日のいそいそとしたきぶん
期待に胸ふくらませた社長の訓示
結婚式当日のどこか恥ずかしいはじまり
父親になる日
初孫を連れて行く実家への道
おじいさんの聞こえなくなった寝息
みんな朝だった
もう金輪際酒なんか呑まねえ
仮病つかって仕事サボるのもナシ
うちに帰ったらテレビしか見ない
なんて生活もついでに反省だ
なんど誓ったことか
でもみんな三日もたてば忘れてしまう
これから先もきっと
同じことを何十年もくりかえして
少しはまあるくなって
そんな普通に生きることを
前触れもなく断ち切られた人たち
利己主義な大人と傍若無人な若者だけの国
と思っていたのを考えなおした朝
五時四十六分
三年前も日の出はおだやかだった
*三年前…1月17日午前5時46分・阪神淡路大震災
信心
ある日玄関に見知らぬ女の人が立っていて
これから私があなたたちのおかあさん
そう言われたときのときめき
小学生の俺が
小二の弟と三つにもならない妹をかかえて
メシの心配 くつ下のつぎあて
みんな無くなる!
学校が終わっても遊びに行けず
夜遅く帰る親父を待ちながら
米を研いで味噌汁をつくって
明日の弁当のおかずを考える
なんて生活はおしまいなのだ
廊下の雑巾がけだっておしまい!
(…かもしれない)
いるのがあたりまえ
と思っていたおふくろがいなくなって
たったの二年しかたっていないのに
ずいぶん長い時間が過ぎたようだ
おまえの新しいおふくろ 美人だね
と言われるのは気持ちがいい
おまえのうちは古いけどきれいになってるね
と家庭訪問の先生に言われるのは
もっと気持ちがいい
それからまたまた長い時間が過ぎて
いつの間にかあなたはずいぶん小さくなって
うちの息子の言うことは正しい
誰にでも言い放つ癖がついてしまい
障子の向こうをうかがいながら
親父の悪口を小声でささやき
俺はそれを肴に酒を呑む
親父とふたりだけの生活が始まり
ハンカチもタオルも
四隅をきちんとそろえて畳む癖は直らず
女々しい小言を聞き流すことも
どうやら覚える歳になつて
さあ これからは余生
そう思っていた俺の手を握って
あんたのおかあさんに逢ってくるね
新しい半坪の家の住みごこちはどうだ
たまには 柄にもなく
花でも飾ってやろうかと思っている
神も仏も信じない俺だが
今度ばかりは
信じてもいいような気がしている
*詩集「特別な朝」 発行 山脈文庫 〒239-0802 横浜市馬堀町1-68
*個人としての人生や生活における「特別」が根こそぎ足元をすくうような巨大な「特別」によって、突然断ち切られる。
その断絶と、その上にもう一度立ち上がる個々人の営みとその「特別」。
詩の根底に、営みへのいつくしみのようなものを感じます。