詩集「海へ 抒情」 原圭治 著
海の環
あのとき おまえは
海を見たい と言ったが
とおいところまで続いている海を
ぽくもおまえも 見ずじまいだった
深緑色に沈んでいる海は
いまでもやっぱりあるんだろうか
おまえの問いかけは 謎となって
ぼくのこころの 海溝の
深みへと沈んでしまったのだ
世界には未だ知られていない
深いいくつかの海溝があって
にんげんは そこに錘を下ろしているが
ぼくは どれだけの重さをもった錘を
おまえのなかへ
投げ入れることができただろうか
哀しくも想い出のように
ぷつんと切れた錘の糸は
ぼくの掌に絡みついてきて
いま あの錘が
どこまで沈んでいったのか
確かめるすべもなくなっているが
ぼくには 計り知れなかった
おまえの海溝と
ぼくの海溝に沈んだ淡い期待と
未知の世界に囲まれている海の
いくつかの神秘の海溝は
未知の落差をつたって
海潮は流れていると
あれから 海は
ひとつの環になって
世界を流れまわっているのだと
ぼくは 理解した
*詩集「海へ 抒情」発行・詩画工房 〒563-0352 豊能郡能勢町大里66-8
作者の40年来の試作品の中から、「海」に関わる作品をまとめた詩集です。人の心を海の深さとしてたとえる感性は、
今も昔も同じなのか、あるいは今の人には通じないのか、と、ふと感じました。どうでしょう?