詩集「羽たち」 弓田弓子著
鳥の形がいま助けを呼んでいるが
その人物は
その部屋に行き
明かりをつけるのと同じ力で
スイッチをonにする
性別のない
形だけの
その人物は
部屋を歩き回り
思いついたように
明かりを消すのと同じ力で
スイッチをoffにする
部屋には窓はなく
霊安室に似ている
その人物は
仕事をすまして
その部屋から
自分の部屋へもどる
広い窓
食卓には
もぎたての赤い果物
飾りつけられた赤い花花
トマトジュース
苺ジャム
焼き立てのパン
焼き立ての肉片
その人物は
赤い舌を出して
食事をはじめる
スープ皿に浮かぶ
瓦礫の破片
底に沈む死体の数数
その人物は
音を立てずに
スープを飲み干す
窓の外では
直撃したミサイルの正確な地点が消去されている
その人物は
食事が終わると
シャワーを浴びて
白いシーツにくるまり
夢を閉じて
眠りにつく
やがて
部屋の隅で赤く鋭い嘴の鳥の形が
鳴きさけぶが
その人物は
ベッドから滑り落ち
その部屋へ行き
明かりをつけるのと同じ力で
スイッチをonにする
その人物は
onとoffのその部屋を
歩き回り
鳥の声帯模写などして
時間をつぶし
明かりを消すのと同じ力で
スイッチをoffにする
その人物が
自分の部屋にもどる間に
この球体は
少しずつ壊れていく
争いの時刻の中に閉じ込められた
赤く鋭い嘴の鳥の形が
助けを呼んでいるが
その人物は
ベッドから滑り落ち
onとoffの部屋へ
向かっている
*弓田弓子詩集「羽たち」横浜詩人会刊
*性別のない、形だけの人物と、スイッチを on、off にするだけという抽象的な動作。言葉のない、
プラスチックのような孤独。それらがとても現代的なリアルというものを描写しているようです。
*弓田さんは、新日本文学会の会員で、7、8月合併号の特集「詩による現代史の試み」にも
詩をいただきました。来月には発売されますので、ぜひ買ってください。