春風は
下前幸一
春風は感染している
暗い鶏舎の
おびただしい屍を
色もなく渡った
痩せた日に晒されて
繊細な森がざわめく
通信の樹木は
寂れた思い出を
誰何している
アナタハ、誰?
捻挫した遺伝子の
消化しきれない記憶
思いを残しつつ
過去を変異すること
それは痛み
抗生物質の陸に
目覚めるということ
見えないものに
開くということ
羽ばたき
私の今を掠めて
すでに帰らないもの
言葉なく
遠くどこかで
前線は北上していた
「詩と思想」2004年6月号掲載