人間虫 詩朗読
じんげんむしじんげんむし
夕刻の空にジグザグの軌跡を描く
ボクは人間虫
私鉄電車のぬくもりに黄色い卵を産み付ける
殺すな!
ボクの子供たちを
じんげんむし
じんげんむし
人気のとだえた白昼に微かな羽音を響かせる
ボクは人間虫
五月を噂する葉擦れの囁き
胸騒ぎの縁取りをクルクル飛び回る
ボクは人間虫
通り過ぎる季節の予感に
胸がふるえる
しんげんむしじんげんむし
じんげんむし
明かりの消えたオフィスの片隅を這い回る
ボクは人間虫
にんげん社会のクモの巣に神経衰弱の反旗を掲げる
アタマ、カラッポ!
働いて食って寝るだけの毎日のゴキブリホイホイに足がべとべとする
働いて食って寝るだけの毎日のコックローチに体がぴくぴくする
ボクは人間虫
働いて食って寝るだけの毎日の無臭無煙カトリマットに頭がくらくらする
働いて喰って寝るだけの毎日の神経症をカサコソと逃げまどう
じんげんむし
じんげんむし
深夜のプラットフォームに桃色の反吐をまきちらす
ボクは人間虫
にんげん社会の寄生虫
暗くて濡れたところが好き!
世間並の脅迫観念の網の目をかいくぐり
人知れず瞑想する
こぎれいな3LDK
使ったことのない良心があやしい光を投げかける
衛星都市の駅前再開発の高架下
ボクは人間虫
酔っ払いの千鳥足に踏みつぶされて
弾け飛ぶボクのバイキン!
じんげんむしじんげんむし
気持ちを 飲み込む
言葉を 飲み込む
合図を 飲み込む
まなざしを 飲み込む
誇りを 飲み込む
畏れを 飲み込む
祈りを 飲み込む
悦びを
恐怖を
悲しみを
いつくしみを
飲み込む
世界人権宣言を
じんげんむしじんげんむし
じんげんむし
午前二時の沈黙の大地に着地する
ボクは人間虫
言実の一滴が夜の闇に落ちて
微かな波紋を広げていく
忍びやかに風は触覚に触れて
通り過ぎて行く
明滅する夜の流れを漂流する
ボクは人間虫
孤独の意味を知っている
それは心臓の鼓動
広大な砂漠に一人君臨する赤茶けた太陽
佇立する樹木
降りしきる春の雨
忍び寄る世紀
それは置きゴタツに凭れる影
それは般若心経
それは寝物語
言葉を縁取る孤独
孤独を押し包む沈黙
じんげんむしじんげんむし
ボクは人間虫
沈黙には語られざる無数の言葉が
充満している
ボクは沈然を凝視する
ボクのDNAに刻み込まれた原初の呼気を
この瞬間に吐き出すのだ
瞬間は永遠である
沈黙はボクたちを別ちがたく結びつける
寂しさは沈黙の波間を漂う
孤独は普遍性なのだ
ボクは人間虫
白昼の気流に乗ってらせん軌道を旋回する
傾いだ風の断層に沿って滑空する
太陽光スペクトルはボクの細胞質にマッチする
それはボクの体に立ち止まるエネルギー
それは沈黙に託されたメッセージなのだ
痩せこけたオゾン
立ち枯れた木々のざわめき
曇り空にふらさがる雨の一滴
濡れた花弁
春はなんて豊饒な沈黙に覆われていることだろう
ボクは孤独だ
だが孤独のみが反響を交わしあう
それは無限性なのだ
ボクは人間虫
静かな夜のまっ只中を漂う白いわたぼうし
星空は三〇億光年の伝達を語る
三〇億年を旅した光子の波動がボクの柔毛をそよがせる
この瞬間、この場所に、永遠は重なりあっている
ボクは人間虫
そしてボクはボクの伝達を沈黙の内に手渡す
ボクはいく世代にも渡って手渡されてきた
永遠のチェイン
伝来のバトンなのだ
ボクは人間虫
キミの射精によって吐き出された一個の精虫
キミの子宮に受精した一個の卵
あるいは公衆便所に生み落されたくそまみれの新生児
あるいは虐殺された子供
あるいはイムジン河のおたまじゃくし
あるいは公民権
あるいは原子炉の内部に明滅する鬼火
あるいは金剛界マンダラ
あるいはサイケデリック
それは、いまキミの体のどこかで変異する染色体
それはサンダンス
それは瞳の中の万化鏡
それは蜃気楼
春雨に濡れそぼった廃船
むしり取られた熱帯雨林
あるいは地球生命体
あるいは自転する銀河
存在を貫通するニュートリノ
ボクは人間虫
いのちは沈黙の波間を漂う
いのちは寂しさの特異点なのだ
ボクは人間虫
じんげんむし
じんげんむし