九条の樹
           下前幸一


例えば、樹と
通信を確保すること
樹に語り
樹の語りを聴くこと
私たちの痩せた現実を
樹の視界でとらえかえすこと

例えば、樹に
耳を澄ますということ
解答ではなく
まして命令などではなく
胸の深みに聴くものであり
遠く投げかけるものでもある
私たちの間に息づく
八月の焦土
働く汗であり
呼ぶ声であるもの
飯のようにやわらかく

反響するもの

例えば、樹に
語るということ
ガレキの中に立つ、樹に
手のひらから水をやるということ
傷ついた、樹に
手を当てるということ
樹の来歴に
つたない言葉を重ねること
樹の問いかけに
疼く言葉を返すということ

それは、立つしるべ
おびただしい死と喪失と
あらゆるおびただしさの
ただ中に立つ伝言
壊滅した現実に芽生え
記憶を
芽生えの中に導くもの
それ自身が予感であるもの
それは繰り返し
繰り返す
さざなみ
訪れ
気づきのように
私たちのどこかで鳴りつづけ
鳴り止まないもの

例えば、樹と
通信を回復するということ
根元に隠された
希望を探るということ
五月の胎動を
意志するということ
いま始まりつつあること
始まりそのものを
託すということ
託されるということ
伝来のバトンのように
次に来る人々の
青い視界へ

例えば、樹と
通信を開くということ
居直った現実に
言葉をかけるということ
閉塞した現実を
生命の方へ開くということ
国境と
あらゆる違いを越えて
結び合うということ
憲法を読むということ
第九条を読むということ
幾度も繰り返し
読み
言葉を返し
それぞれの場所へと
新しい通信を開くということ

 尼崎の喫茶「どるめん」で開催されているPeace Mail Art 展です。今回のテーマは憲法第九条。詩作品で参加しました。 
 ホームページもぜひ覗いてみてください。
 もちろん喫茶店の方へもぜひどうぞ。