詩集「旧世紀の忘れ唄」  井之川巨 著

 非戦グラフティ
 
この国のながい戦争が終わって
僕らは焦土のなかを歩きだした
もう二度と戦争に加担するなとさけんでスクラム組み
反戦非戦の詩を書きビラをつくって五十年がたった
しかしこの地球でいまも騒乱はやまず
またしてもテレビで始まったテロと戦争は
世界じゅうを硝煙のにおいに包みこんでいる
耳をすませば
アフガニスタンの瓦礫の下から
ひとびとの助けをもとめる怨磋の声が
地鳴りのように聞こえてくるよ
小さい戦争を大きく増幅して
たくさんの人間のいのちと引きかえに
ふところ膨らませ哄笑しているのは誰か
きみがもし戦争の真実を知ろうとするなら
わが身内でなく
敵のことを考えてみることだ
弾を撃つがわでなく
弾を撃たれ
倒れていく敗者たちのことを考えてみることだ
おとなたち男たちでなく
女たち子供たち年寄りたち
弱者たちについて考えてみることだ
いったい彼らにどんな落度があったというのか
やあ
大きな目を見ひらいてふりむく
アフガンの少年よ
戦争でなんか死ぬとおもうな
たとえ片足を地雷で失ったとしても
もう一本の足できみの夢にむかって歩きつづけろ
 
かつてヒロシマ・ナガサキの空に
閃光をはなった原子爆弾は
アメリカ空軍の誤爆だっただろうか
骨と灰に焼かれた二十数万の人たちは
銃をかまえる戦闘員だっただろうか
アメリカの戦争は
むかしから民間人を標的にねらってきた
かれらの口から
いまも反省と謝罪の言葉はきかれない
アメリカの知性チョムスキーは言った
アメリカこそ「テロ国家の親玉だ」と
オレだって帝国アメリカの虚栄の町の一つや二つ
積み木のようにぶっ壊したいと
どんなに長いあいだ念じてきたことか
しかし、僕らのキーワードは非暴力と非協力の抵抗
LOVE & PEACE
武器はみんな捨てろ
地球人のこらず貧しさから解放しろ
そして異なるものへの寛容のこころを育てることだ
 
「空から見たら国境はなかった」
と宇宙飛行士は言った
「国境を知らぬ草の実こぼれ合ひ」
と女性川柳作家は詠んだ
「想像してごらん
すべての人々が平和な暮らしを送っていると」
とミュージシャンは歌った
国境なんて
団と国とのあいだに引かれた
地図のうえの幻影の破線にすぎない
国のちがい民族のちがい宗教のちがいなんか
砂漠にうかんだ蜃気楼のようなものさ
アメリカのマクナマラ元国防長官は言った
「ベトナム戦争は完全な間違いだった」
アメリカ市民はいつか悟るだろうか
「アフガン戦争は完全な間違いだった」と
そもそも間違いのない戦争
間違いのない大量殺人など
これまでに存在しただろうか
 
その手にもつ武器をまずきみのほうから捨てろ
そうすれば敵もよぎなく捨てるだろう
そのガスマスクをはずせ
そうすれば敵もサリンの瓶を封印するだろう
そのビニール手袋をとれ
そうすれば敵も炭疽菌を土にもどすだろう
ひげ面の男たちはこちらから手をさしのべれば
かたく熱く握手をにぎり返すだろう
若い兵士たちは農村へ工場へ学園へ
笑顔で復帰していくだろう
そうすれば明日
バザールに野菜や果物はあふれ
地球に平和はよみがえり
太陽はひとびとの上にひとしく輝くだろう
 
発行 新・現代詩の会
 横浜市港南区港南台5-10-1
 9・11以降の、アメリカのアフガニスタンへの一方的な戦争に反対して書かれた詩です。
 井ノ川さんは、特にこの詩において、詩の方法としても、意識的に、徒手空拳であろうとしているようです。その、ストレートで率直な言葉の運びが、圧倒的な軍事力、経済力、技術力で相手をねじふせようとするアメリカの戦争に対して、向き合っていると思います。
 しかし、ひるがえって、僕たちに復帰する農村、工場、学園は、もはや失われてしまったのではないかと、ふと思う。