夜の明けるのを待っている
真夜中の雨に濡れるビニールハウスの影
街路灯に照明されたコンクリートの高架橋と大きな円柱
霧のような雨はすべての物音を消してしまう
太い柱の向こう側で
小さい木の車を曳くような音と
誰かのかすかな跫音と囁き声だけが聞こえてくる
真夜中の道に雨が降る
霧のような雨が塀の向こうの公園にも
築山の闇の中にも降っている
微少な塵のような雨
少しずつ記憶を消していきながら
長い堤防の道の草の上にも降る
建造物の屋根がなくなる
柱も床も消えて庭だけが残るが
それでも雨の止む気配はない
わたしは酸素吸入の細い管を
手で押さえつけて
夜の明けるのを待っている
夜明けに
夜明けに瀦水の底から
鈎で引き上げ
られるように目覚める
何にもない木の卓をはさんで
額縁の中の画のように妻と向き合う
田園のなかに取りのこされた小さな駅舎
きょうも 板張りの壁の下で目覚める
プラットホームにも階段にも人影がないのは
まだ夜が明け切っていないからだろう
さあ 職をさがしに出発しなければなるまい
わたしは昨日のように無人の階段をのぼる
まだ明け切っていない街角の伝言板に
今日はよい報せが届いているかもしれないのだ……
首に点滴の管をとおして
わたしはまた深い眠りに落ちる
瀦水(ちょすい)*池の水、沼の水、溜まり水。