サトシは交信している
下前幸一
サトシは交信している
昼下がりの二月
六畳間のベビー布団の領地から
あるいは夕暮れのLDK
座布団の別荘地から
サトシは交信している
「タコ踊り」と彼女は言う
不思議なものを名づけるように
深みからゆっくりと浮かび
眠りの浪間を漂い
浅瀬の目覚めをたゆたいながら
踊るように
両手をかざし
ゆらゆらと揺らめかせ
くるくると振り回し「タコ踊」るサトシ
この世に生まれて、一ヶ月と二週間
あとさきも、右も左も分からない
暗い理不尽のただ中で
サトシは泣く
ありったけの力を振り絞って
顔面を真っ赤にさせながら
いまここにあるという不条理に
サトシは泣く
まだ首の据わらない存在の根元から
全き受動の陸に
サトシは泣き、サトシは泣き疲れ
眠っている
深みからゆっくりと浮かび
眠りの浪間を漂い
浅瀬の目覚めをたゆたいながら
サトシは交信している
語らない全てに対して
新参の命そのものとして
「タコ踊り」のただ中にふと
笑いを浮かべて
それは受動の陸に射す光
その一点から
存在の理不尽が贈り物に一変するということ
命は交換ではなく
ましてや等価交換などではない
サトシは交信している
受動の陸に浮かぶ命として
今はまだ語らない全てに対して
自分自身に対して
それは距離が生まれるということ
別れが兆すということ
ある意味で失うということ
喪失そのものの場から呼び交わすこと
サトシはひとり交信しながら
自らの根源を探っている
知ることは写すことではなく
それは知るという働きそのものをまさぐり
試し、知るという働きそのものを作るということ
知ることは生きるということ
もう一度つながりなおすということだ
もう一度さらに深く
生きるというその始まりの場所から
サトシは交信している
他ならない僕たちの
深く懐かしい何かに向けて