メール対談 「アメリカを斬る」
鈴木薫×下前幸一
『9・11とテロ国家アメリカ』
〈鈴木〉
アメリカ!?という大きなテーマではありますが、やはり9.11を抜きに話を始めることはできないと思います。
私は、ツインタワーに飛行機がぶつかる映像からこの事件を知ったわけですが、視覚から入るというのは、あらゆる意味で鮮烈です。翌日は、会社も学校も休みで危機感を募らせていた諸外国と違って、日本ではまったくの日常が行われていたことにも衝撃を受けました。政治、経済、文化すべてアメリカの影響下にあることは自明のことなのに、こと危機に関しては日本人は鈍感です。この鈍感さがいったいとこからきているのか、それを問うていく姿勢が大切と思います。無論この鈍感な日本人の中に文化人といわれる人々も含まれるわけですが。私は、「アメリカに住む人々」とアメリカという「国家」については分けて考える必要があると思います。
下前さんは、9.11をどのようにとらえられましたか。
〈下前〉
9.11の映像を、私は偶然つけたテレビで見ました。ツインタワーに二機目が突っ込んだのは、生放送で見ました。9.11について、自分が目にしたものがいったい何であったのか、今でも良く分らないのですが、映像を見ての印象は、無音と零度ということです。アナウンサーは興奮した口調で事件を報道していたはずですが、ほとんど印象には残っていなくて、無音の映像という印象があります。そして、寒いという感覚がありました。おそらく映像の衝撃が強烈で、視覚以外の感覚が閉じてしまったということなのでしょう。
9.11を目撃したアメリカ人の多くにとっても、それは同じだったでしょう。いや、日本人のいわば部外者としての私など比較にはならない衝撃だったでしょう。そして、その衝撃によってそれ以外の全ての感覚、理性や判断が閉じてしまった。それ以降、米国ではテロに対する復讐の感情が全国民をあげて沸騰しました。イスラム系の人々に対する迫害と言ってもいいような捜査、追求。反戦をとなえる人々への処分や人権侵害。全ての理性は閉じられて、ひたすら感情的に、そして反ビンラディン、反タリバン、アフガニスタンへの侵略へとなだれ込んでいきました。戦争はさらにイラクへと続きました。国民は感情的だったけれども、国家によって感情は巧妙に戦略的に利用されたという印象です。
危機意識を逆手にとって、ブッシュ大統領は中東への侵略に大きく身を乗り出したわけですが、それを批判する上で、危機、危機意識の中身が問題になると思います。悪の枢軸が危機の原因ならば、ブッシュのように、それを取り除くということになるでしょう。けれど、本当にそうなのでしょうか? 逆に、ブッシュやブッシュ的なものが、実は本当は危機の原因なのかもしれません。いたずらに危機感を募らせるよりも、危機の本質のようなものを見据えるということが大事だと思います。米国人の間にはそういう反省と思考が生まれ始めているのではないでしょうか。
日本人が危機に対して鈍感だということは、イラクへの自衛隊派遣の国会論議を見ていても瞭然です。この鈍感はとても危険だという気がします。
〈鈴木〉
お返事が遅れました。あれこれ考えているうちにイラクでは大量の犠牲者が出て、ちょっと頭のまとまりがつかない部分がありました。9.11が「音声のない視覚のみから入った」とのご感想、同感です。あの時リアルタイムで見ていれば確かに音声があったはずなのですが、私も映像のみが鮮烈に自分の目に焼き付いています。
ブッシュは、「犠牲者を出してもテロと戦う」ということを繰り返し言うばかりで、そのスタンスの裏にあるものが全く見えてきません。ブッシュを支持し、アメリカの行動を圧倒的に、いや盲目的に支持してきたアメリカ国民たちもそろそろ「本当のアメリカ」が見えてきているのではないでしょうか。見逃してならないのは、アメリカの大多数の人々が、特定のメデイアからの情報(つまりアメリカサイドからのみ)に煽動されていたということです。
イラクへの攻撃が激しくなった時、私はベトナム戦争を思い出しました。アメリカがベトナム戦争を未整理にする限り同じことが繰り返されるのではないか、と。アメリカ国内には、いまだにベトナム戦争の後遺症に悩まされている人々が多く存在します。これが前回書いた、「国家としてのアメリカ」と「アメリカに住む人々」とは分けて考えたいという一因でもあります。ノーム・チョムスキーは、その著書「9.11」の中で、「ベトナム戦争はインドシナの大部分を荒廃させて終わった。われわれはこの事実と向き合う意志がない限り、ベトナム戦争について真剣な話はできない」と書いています。つまりアメリカは攻撃した国がどうなったのか、あるいはどうなるかについて関心がないと言えると思います。そんな大国、つまりは世界最大のテロ国家が、よりによって本土を攻撃されたわけですから、国民はこぞって国を支持し、それと同時にこれからどうなるのか、という強い不安に襲われたわけです。私はこの国の歴史から考えても、常にベクトルが外にむかい、内に向かうことがない国という認識があります。内面化ができない国ということです。その意味では、チョムスキーが的確に、考えを言語化したことはそれ自体に非常に深い意義があると認識します。
『現在という混沌に対して』
〈下前〉
「国家としてのアメリカ」と「アメリカに住む人々」とを分けて考えたいということには賛成なのですが、私としてはそれをもう少しずらして考えたいと思います。つまりアメリカの「外」と「内」というように。あるいはそれは敵と味方とも言えるかもしれません。
冷戦期、「外」は社会主義圏の国々でした。「外」は実体として明確で、それゆえの戦略もまた明確だったと言えるでしょう。9.11以降の世界というものは、乱暴に言ってしまえば、この「外」と「内」というものが明確には分けられない、「外」と「内」とが互いに入れ子状態になっていて明確には腑分けすることができない、「内」は「外」をその内部に抱え込まざるをえない世界だと言えるでしょう。
現在というこの混沌とした世界に、あえて実体としての「外」を名指し、「国家としてのアメリカ」の肥大化でもって、これを叩き潰そうとしたのがブッシュのやり方だったと言えるのではないでしょうか。テロ国家としてのアメリカに反対するとき、それならばこの混沌とした世界に対して、それをどのように捉え、どのような考え方、どのような言葉で、それに対峙するのかが問われているのではないでしょうか。
〈鈴木〉
アメリカの「内」と「外」が明解であった頃は、アメリカ国民にとってもある意味、国のあり方がわかりやすかったと思います。むろん、わかりやすい、ということと、それを支持する、ということは違いますが。9.11以降のアメリカはその迷走ぶりといい、ブッシュのヒステリックなまでの正当化演説といい、非常に見苦しい大国の有り様を示していると思います。それをアメリカに住む人々の意識レベルで考えたとき、あの湾岸戦争の時の奇妙な一体感とは、一線を画していると思われます。「本土」を攻撃されたというショックと憤りを通り越してからは、明らかに国民は、冷静に今回の戦争をみるようになりました。それが、先般出したチョムスキーの本であったり、あるいは、サム・ハミル氏によって提唱された「戦争に反対する詩人たち」の運動であったりするわけです。混沌に対して、対処するため大事だと思うのは、まずことを一般化しないことです。アメリカの動きに対して、「もしこれがアメリカでなかったら」という仮定で話すこと、あるいは推論することは、今回の場合問題のすりかえといわざるをえません。世界を武力で制してきた国であるということをまず徹底して検証すること、そしてますます外への肥大により、自己欺瞞を続けている国だという国家認識を内側に持つ必要があると思います。今回の戦争は、アメリカ国内でもその民族や宗教の多様性により多くの問題を引き起こしました。そしてつまるところ、戦いにかり出されるのは相も変わらず、貧しい「志願者」たちなのです。今のアメリカを見る限り、私には、自ら引き裂かれていく大国という印象があります。ただ詩人ということでいえば、先に書いたサム・ハミル氏の呼びかけに対して。すぐに一万五千もの作品が集まったということは特筆すべきことです。戦争当事国の内からの呼びかけなのですから。これに答える形で、日本でも石川逸子氏らの呼びかけで「反戦アンデパンダン詩集」が2003年に出版されています。武力という圧倒的な力の前で、ことばは弱いのかもしれませんが、少なくともそのような呼びかけや具体的行動があったことは重みのあることだと思います。
〈下前〉
テロ国家としてのアメリカの根底には社会・経済におけるグローバリゼーションが働いていると思いますが、それについては機会があれば後に触れるとして、問題をもう少し言葉が発せられる現場としての自分自身に引きつけて考えたいと思います。
「内」と「外」が入れ子状態になっている、あるいはモザイクのような混沌とした状態になっていて、判然と腑分けすることができないということは、存在が不安定化するということでしょう。オウムや炭疽菌のような「敵」はすぐ身近に存在する。イスラム教徒や北朝鮮籍の人も身近に沢山います。あるいは爆弾は私自身の中にあるかもしれません。リストラ解雇という状態になったときに、それは秒読みを始めるかもしれません。存在の不安定化ということを核にして、漠然とした不安が社会には蔓延しています。
どのような言葉が有効なのでしょうか? 詩人として、イラク戦争の、侵略する側の人間として、どのような言葉が有効なのでしょうか? 国家や軍隊を前にして力を持つかどうかではなく、他ならない自分自身に対して。どのような言葉が現在という混沌に届くのでしょうか?
サミル・ハミル氏の呼びかけで、すぐに集まったという反戦の詩、一万五千はどのような足場から発せられたでしょう? 日本の「反戦アンデパンダン詩集」はどのような考え方で呼びかけられ、どのような言葉をつむいだのでしょうか?
二つの反戦詩集について、私はほとんど知識を持ち合わせていません。もしよかったら鈴木さんの考えをお話いただけませんでしょうか。
『戦争に反対する詩人たち』
〈鈴木〉
下前さんの言われる、「内」と「外」が入れ子状態で、その混沌の中で存在が不安定化している、というご意見同感です。アメリカだけでなく、このミニアメリカ日本も同様に、存在の不安定化が起こっていると思います。漠然とした不安は社会をさらに不安定にし、その結果異常な事件がごく身近なものになっています。このような事態に対し、どのような言葉が有効なのか、また詩人として何ができるか、をつきつめることはとてもきつい作業であると思います。サム・ハミル氏の提唱を評価する理由の1つは、圧倒的に(初期に)戦争支持を表明?した国民の中で、果敢に国に向かって立ち上がったその行動性です。またそれを受けて立ち上がった日本の詩人石川逸子は、「発刊にあたって」の中で、「私たちが住む、地球という小さな星が、未曾有の大量破壊兵器を持つ超大国アメリカの横暴によって、危機にさらされています。(中略)これは再び戦争への道だ、このままではいけない。その切実な思いが、考えも詩法も年令も、あるいは国籍もちがう詩人たちをうごかし、わずかな期間で、さまざまな詩が寄せられたのだと思います。(後略)」と書いています。確かに、詩人が多く集まれば、考え方も多々あり、また温度差もあると思います。しかし、少なくとも、詩人たちの内面に、「侵略する(加害者)側」の人間であるという厳しいスタンスはあると私は信じます。加害、被害の問題は、私の個人的問題でもあるわけ
ですが、加害者がどうしようもなく加害の側にあらねばならない状態の時、その足場でどう叫び行動できるかが詩人ではないでしょうか。政治的なものが出てくると必ず回避する詩人を私は詩人とみません。自分の中に常に敵を見、それと戦うという姿勢が詩人の内面であると思うからです。ですから、今回のサム・ハミル氏、石川氏らの行動については、大それたことでなくごくごく当たり前の願いから出発し、それが詩人たちの琴線に触れたのだと思います。
私自身は、「このままではいけない」ということばに率直に感動しました。私は、「このままではいけない」と思っても、それを行動化するまでの自身の内面化がきちんとできていなかったものですから。
この対談の難しさは、テーマがアメリカでありながらそれは結局日本の問題であり、また自分自身に帰結することにあると思います。真の意味で詩人の生き方が問われる時期になったのだと思いませんか。
〈下前〉
詩人の生き方が問われるというのは、まさにそのとおりだと思います。言葉の欺瞞、言葉の虚飾、言葉のバブル、言葉のインフレーションが、現在ほど深化した時代はないのではないでしょうか。分かっているのに、あえて騙されている、あるいはあえて問題にしようとはしない。
アメリカの「自由」「民主主義」はアフガニスタンを破壊し、イラクに爆弾の雨を降らせました。多国籍企業の「自由」は途上国の水や自然までも民営化し、人々を収奪しています。日本の「復興支援」はアメリカ軍の補給を行い、武装した自衛隊によって行われています。このような欺瞞のために動員されている言葉を批判しなければなりません。
居直った概念を揺さぶること、あたりまえの現実に、クエスチョンマークを浮かべること、思い込みを食い破ること。もう一度問い直すこと。こういったことが求められているように思います。
アメリカの黒人詩人、ラングストン・ヒューズの有名な詩ですが「僕もまた、アメリカなのだ」というのがありますが、まさにそうなのです。アメリカ的自由と民主主義の埒外にあった黒人の少年が、そのように宣言するとき、「アメリカ」という概念は揺さぶられ、そのことによって新しい展開を始めます。アメリカは雑多な国からの移民の国として、たえず新しいものを取り込むことによって、自らを展開してきたのではないでしょうか。
今問われているのは、言葉の欺瞞に囲われたこの閉塞を食い破ること。それは他ならない日本のことでもあり、私自身の課題でもあります。
『アメリカ!?』
〈鈴木〉
イラク戦争開始から1年がたちました。テレビで、「アメリカ軍人家族の会」の報道があって見ました。「兵士をアメリカにひき戻そう」というスローガンを掲げたことに対し非常に非難を受けたこと、それに対して、ある父親が「国が間違った方向に行こうとしているのを止めるのも、国を愛することではないのか」と語っていたことが頭に残っています。また現に現地にいる兵士の中からも、「誰のために何のために何をしているのか」という虚無的なことばが出てきていました。下
前さんが、ラングストン・ヒューズの「僕もまたアメリカだ」を取り上げてありましたが、私もまたラングストン・ヒューズの「混血児」という詩を思い出しました。
僕の父親は白んぼう
僕のおふくろは黒んぼう
僕の親父は立派なお屋敷で死んだ
僕のおふくろは小屋で死んだ
僕はいったいどこで死ぬんだ?
白人でも黒人でもないこの僕は
この立場は、アメリカ国民やかり出されている兵士の姿に重なります。最初のほうに書きましたが、「国家」と「国民」を分けて考えたいと思う理由もここにあります。 ただ、国民は声をあげ、黙っていなかった、形はどうあれ立ち上がろうとしている、それはもはや「国を守れ」と一丸になって「国家」に煽動されていた頃の国民とは違います。アメリカに追従する日本はどうでしょうか。{居直った概念}をつき崩す動きは強く深いでしょうか。このところの動きを見ると、日本のおめでたさとアメリカ以上に、戦争を深化できなかった国なのだなというため息がでます。これに対峙するには、多くの場で具体的な言葉で語ること、あるいは書き続けることからしか始まらないと思います。私は、「詩人よ、眼をそむけるな」と言いたいです。下前さんは、どう考えられますか。
〈下前〉
私にとって、アメリカとはボブ・ディランであり、ギンズバーグであり、緑色革命であり、あるいはコカコーラであり、宇宙家族ロビンソンであり、あるいはホピ族でもあります。アメリカはあまりに多様でまた大きくて、今回の対談ではさわりだけということになってしまいました。
ただひとつ指摘しなければならないのは、鈴木さんも言及しておられたように、現代アメリカの背後にはベトナム戦争があり、それはアメリカというものにとても大きな、本質的な影響力を持ったということです。それはつまり、ベトナムの人々の血まみれ泥まみれの戦いが、背後から現代のアメリカというものを作ってきたということです。鈴木さんの「国」と「民」の問題意識に通じると思いますが、アメリカと言うとき、私たちは幻想のアメリカ文明の背後にひしめく、あるおびただしいものを見る必要があります。チョムスキーの仕事というのは、社会批評家として、そういうことを行おうとしたのではないでしょうか。言葉をあつかう詩人としても、なすべきことがあるはずです。
一般的な社会意識の水位でアメリカというものを語ってもたいした意味はないでしょう。言葉が社会を流通するその水位には個的な切実性が働く余地はないからです。言葉を模索する詩人として大切なことは、流通するアメリカというものを深く切り込み、そのおびただしいものに触れようとすることではないでしょうか。表層のアメリカではなく、そのおびただしいものこそが私たちをマグマのように深いところで動かすのだろうという予感があります。
「国家」と「国民」のことについては、私は「日本国家」というものには大した意味はないし、国家に肩入れする思想には未来はないと思っています。日本というものの背後にも、あるおびただしいものがひしめいています。その深層を探り、それを表現する努力を続けるとき、あるいはそこに希望というものが見えてくるのかもしれません。なぜなら、おびただしいものは地下茎のようにつながりあっているからです。 |