若狭の古刹 明通寺にて
下前幸一
ふと見上げると
聳える石階段の向こうに
気に揺らめく山門
雨上がりの
苔むした静寂が
千年の足跡に僕たちを誘う
日本海の波打ち際
高浜原子力発電所の
突貫工事をかたわらに
高浜から小浜へ
慌ただしくそして走り落ちた
九月のエアーポケット
一九七九 スリーマイル
一九八六 チェルノブイリ
二〇一一 フクシマ
遠い場所から
文明のメルトダウンと
除染不可の知らせを携えて
明るく未来を照らした
原子力の希望も
いつしか腐れ落ちてしまった
四半期決算に急かされて
行方なく漂流する
国家と資本の渇望
賄賂まがいの接待と
甘言と恫喝
原発マネーの蝕みに
爛熟した都会の欲望と
こまねずみの焦燥と
月々の家計の引き落とし
ワゴン車のうなりに
それぞれの思いを横たえて
結界を僕たちはまたいだのだ
暗闇の中の
放射性廃棄物の微かな疼きや
水底にうごめく温排水
都会の豊かさのために
若狭、福島が犠牲に
安保のためには沖縄が
犠牲を強い強いられる
非対称の段差を落ちれば
そこは深閑の域
八〇六年創建の
明通寺その応接室で
中嶌哲演住職が語る
托鉢 裁判 ハンスト
ヒロシマ 隠れ病む被爆者 フクシマ
「自灯明、法灯明」
言葉が静寂と
夕刻の断崖に
自体の明かりを灯すとき
(PO176号 2020年 春号より)