僕はいらない 下前幸一
この夜の間際にも 言葉をついで 漂いは消えていく 沈む波間に よろめきながら 確かに僕は見たのだけれども 磁鉄鉱の記憶 監禁されたヴィジョン 瓦解した都市の気遣いや 大切さに居場所はなく 冷えた月の孤独に映る 悔恨の苦味が僕をさいなむ 僕たちは文明の臨界にいる 毒のある青白い光が 音のない街を走っている 信仰者の苛立ちがとげを立てている 絶対は習慣を糾弾し 習慣は多数に居直っている 踏絵は至る所にセットされている 断崖の記憶は軽やかに風化し 先送りにされたツケは子孫の足元で爆発する 僕たちの居場所は閉鎖され 排水溝の温みに 夢見は犯されている ただ耐えているダンボール 路上の長屋よ 今朝もまた冷たく「発見」された 僕たちは居ない者なのか 氾濫する歌や呼びかけに曝されても 売上げであり、票であり、率であるしかない僕たちは 本当は居ない者なのか いつまでも思い込んでいたいいたいけな思いよ 生活の底はすでに割れているのに 理由は何も明かしてはくれない 歳月は錆びたチェインに似ている 辿る思いのどぶ川の向うに 僕のかたちをした焦燥が 地下鉄車両の人権に 焦げ臭い煙を上げている 仕事が見つからない 行くところもない 自分自身にあぶれている 僕はいらない 目減りしていく納得 選択者のゆとりや 心の豊かさなどは 僕はいらない 偽りの言葉や 言葉にはできない高見の真実 信仰も 自立も 他生の縁も 環境問題もいらない 手の届かない一切と クレパスの絵と 平和のための原子爆弾 安全宣言はいらない プルトニウムの尾を引く寿命 数字に還元された幸福や 復活する肺結核の 隔離病棟の祝杯や 胃のくすり 世紀末の遺伝子診断 虐待の責任転移や 赤字国債の責任霧散 優しい自治体の建前の二重帳簿や 筋金入りのバイアグラ 萎びた春闘など 僕はいらない 僕はいらない 透明のカリスマ 下げる溜飲 武装する和の民族 君の微笑みも 君の喜びも 君の世も 君の偽りも 君の軟らかささえも 僕はいらない 僕であるという証など 僕はいらない 遠く波間に浮かび 滅びる祝祭のざわめき 千年杉の暗がりも