僕は癒されたくはない

              今日誰かが爆発した。 瞬時、音もなく炸裂し、 身もふたもなく揮発した。 誰かの影 /消えた。 道路は静かに焼けていた。 バラバラの街に、バラバラに生きていた。 砂粒のような気持ちの、バラバラ と、思い出のスナップ。 トモダチに悟られないように トイレに駆け込んで、 僕は、吐いた。 清潔な便器にバラ色の反吐が飛び散る。 ホワイトノイズの渦に溺れながら、 僕は大丈夫だと、 何度も言い聞かせるのだ。 落日は団地の塔に引っかかって、 無限の赤をぶちまける。 モノクロ写真に流れる、赤。 冷たい風花が舞っていた。 視界の奥の、傾きの奥の、僕の知らない、見たこともない場所で。 冬枯れの、複雑な森。 樹状シナプス― チクタク、と 瞬間を数える。 持続は人生のように触れないから。 チクタク、と 現れては落下する瞬間に 手のひらをさしのべる。 デジタルな時の刻みと 液晶表示の緑のあわい。 一滴の水のきらめきに 折り畳まれた、永遠。 永遠をここに回収する、 そんな、おとぎ話。 癒されたくはない。 僕は癒されたくはない。 断片と断片とをつなぎ合わせて紡ぐ、意味の 大きな記憶の夢物語には。 癒されたくはない 冷たいアスファルトに張り付いた へしゃげた無数のDNAに、 音もなく降り積む夜半の雪に。 僕は癒されたくはない 脳ミソを覆う無秩序な欲望を殺害する 限りない尊師の歴史的ヘッドギアに。 癒されたくはない 指先を傷つける事実の切り口を 軟らかくなめしていく忘却の真綿に。 僕は癒されたくはない たわいのない、いとも単純な幸せ 方法としての遊泳の方法論に。 癒されたくはない 般若心経や南無阿弥陀仏の 由緒ある着地のウルトラポーズに。 僕は癒されたくはない 意味あるものの秩序―階梯に 微かに夢見る、今日から明日への届かない傾斜に。 癒されたくはない 言葉だけの理想や、 言葉のない無限に。 僕は癒されたくはない 2DKの暮らしに突如訪れる不思議の民の映像や 大自然のうそっぱちや、内なる自然のイデオロギーに。 癒されたくはない ポップな資本主義のあらゆる可能への侵攻に 夢見心地の休暇の大進撃に。 癒されたくはない。 事実は傷つくもの 事実をいくら積み重ねても、 事実は真実には届かないとしても。 意味あるものの属領を突き抜ける強度をもつのは /事実。 長い悪夢のような夜を通り抜けて 僕はひとり、テーブルにもたれる。 微熱のような静けさ。 もう、早くも忘れかけていたひとつの光景が ひとつの風圧が来る。 遠い地方からやってくる 数センチメートルの津波のように。 それは見えない、電位。 「君が好きさ やわらかな微笑みが好きさ 「君が好きさ なめらかな太股のトドの曲線が好きさ 「君が好きさ 僕に当てつける、すねた態度が好きさ 君のおならが好きさ 乳首のコリッとした感触が好きさ 君の湿り気が好きさ 泣くようなあえぎが好きさ 「君が好きさ 僕を呼ぶ君の声が好きさ 「君が好きさ もうすぐにでも、 つかの間にかき消えてしまう、すべてが好きさ 「君が好きさ 今この都市のそっけない態度を風のように通り過ぎる 微かなホホエミのように。

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